2話

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2話

 自分の手で世界を守る。そんな大それた事は言えないが、その一員としてこの世界を、今ある世界を守っていきたいと思っている。  ウイングを広げ、シジマは砂漠の上を飛翔した。  限界までスピードを出し、急停止、急旋回、急上昇を繰り返す。  念じると、視界の両脇に雪蛍のステータスが表示される。全てオールグリーン。何処にも異常は見られない。 「そろそろか」  右上の方に表示されたカウントは、六〇分を示すところだった。  ほっと息をつき、戻ろうとした時、一点の曇りもない砂漠に、突如として大きな砂煙が上がった。  シジマは目を細めて砂煙を見つめる。シジマの意思に応じ、その部分だけがどんどん拡大される。 「あれは……!」  シジマは息を飲んだ。  砂煙の中央にいるのは、巨大な黒い生物。過去の大戦中、使用された生物兵器が進化、巨大化した獣、アタラ。知能は低く、貪欲な食欲と繁殖力がすさまじい。殺戮のために作られただけあり、攻撃性も高く、空を飛ぶものから水中を動き回るもの、地の中を移動するものと。姿形、生態も様々だ。  地を這うアタラ。その口は火球を吐き出し、何者かを攻撃しているようだった。シジマの目が、大きな砂丘から転がり落ちる旅人を捕らえた。ボロボロのローブに身を包んだ人物は、砂丘を転がりながらも、見事な身のこなしで飛んでくる火球を避けていた。 「どうする?」  アタラは人類全体の敵だ。ソフィアリアクターによるアタラ討伐は仕事の一つだ。だがしかし、シジマはまだ見習いの身。武器の使用も禁止されているため、雪蛍の武装は全て封印されている。 「先輩! アリティア先輩!」  シジマは叫ぶが、通信は繋がらない。アリティアのいる場所は、飛んで五分もしない場所だが、そこにアリティアがいるとは限らない。 「くそっ!」  シジマは腰につけたアクセサリーポーチから彩煙弾を取り出すと、迷うことなく大空に打ち上げた。敵の接近を知らせる、赤い煙がいくつも上空に上がる。  シジマはウイングを大きく広げると、セフィラーを大量に噴出させながらアタラへと向かった。 「武器がなくとも!」  一条の光となってアタラの頭上へ飛翔したシジマは、改めてアタラの全貌を見て息を飲んだ。  ギィィィィ  錆び付いた歯車のような音を立てるアタラ。その姿は巨大なムカデそのものだった。百メートル以上はあると思われる体はいくつもの胴節に分かれており、胴節に乗る背板は赤黒く、鉄のように厚く堅そうだ。頭部にある顎は四つに割れており、巨大な牙が放射状に無数に並んでいる。  一瞬怖じ気づいたシジマだったが、眼下で輝く光に我に返った。  無数の光が旅人の手から放たれ、シジマの脇を掠めて上空へ上っていく。 「なんだ?」  シジマはアタラから目をそらして上空を見上げた。そして、目を見開くと同時に回避行動を取っていた。ウイングからセフィラーを最大出力で吹かせ、その場から離脱する。直後、上空に無数の魔法陣が一列になって遙か上空まで浮かび上がった。魔方陣にはいくつもの円が描かれ、その円の内部には古代文字を思わせる幾何学的な模様が浮かび上がっている。紫色の魔方陣は一瞬輝いたかと思うと、音もなくアタラの上に落ちてきた。  砂煙を上げながら、アタラは降り注ぐ魔方陣の圧に押されて砂漠にめり込んでいく。 「魔法……! この時代に、魔法だって?」  シジマは目を見張った。現在でも魔法を使う人は大勢いる、だが、実践で使っているのを見るのは、初めてだった。そもそも、ソフィアを用いたソフィアライズ、御剱を用いた転神。ドレスを纏ってからの攻撃は、本来人が使うべき魔法を、ソフィアや御剱が代わりになり、より効率的に、より強く放つようにしているのだ。  ギィギィギィィィ!  恐らく、重力を司る魔法を使用したのだろう。いくつもの魔方陣が重なり合い、アタラの動きを押さえ込んでいるが、それも限界のようだ。一際大きな嘶きを上げ、アタラが魔方陣を破壊した。  アタラの口が再び割れた。今まで以上に巨大な火球が生み出される。 「やばい!」  シジマは旅人に向かい急降下する。アタラを倒すことはできなくとも、旅人くらいは救うことができるはずだ。  アタラの口から火球が放たれた。膨大な熱量を孕んだ火球が砂丘に炸裂する。巨大な火柱が吹き上がり、周囲の砂と一緒に空気を上空へ吹き上げる。その風を受け、シジマはバランスを崩す。  旅人は砂丘から落下するように転がり落ちる。途中、いくつもの魔方陣を使い、その上を蹴って体勢を立て直すが、落下の勢いを殺すには至らない。  アタラがこれまでにない大きな咆哮を上げた。巨大な全身が細かく震え、巨大な背板が逆立つように個別に動き出した。放熱板のように立ち上がった背板は、禍々しい赤い光を放つ。 「逃げろ!」  間に合わない。そう判断したシジマは、旅人に向かって叫んだ。この状況で聞こえているか怪しかったが、旅人は左手で親指を突き立てた。この状況においても、彼は諦めていない。それどころか、先ほど落ちた砂丘を上ろうとしていた。彼が落ちてきた砂丘の中腹に、大きなリュックサックが落ちていた。彼が落としたのだろう。 「馬鹿な! 放っておけ! 死ぬぞ!」  シジマが叫んだ瞬間、アタラの全身が赤く膨れあがった。  大気中から水分がなくなる。焼けた空気が渦を巻き、砂漠の砂がガラス状に変質する。  危険を察した雪蛍がオートで防御体制を取る。ウイングを広げ、セフィラーを周囲に対流させ物理障壁を発生させた。  ドンッッッッッッ!  激しい衝撃と共に、炎がシジマの体を包み込む。視界が真っ赤に染まり、物理障壁を貫通して熱気が届いてくる。視界の隅で、いくつかのシグナルが点灯するが、雪蛍の防御は完璧のようで、危険を告げる表示はされなかった。  衝撃波のように、炎が砂漠を広範囲で舐めた。無数にあった砂丘が消滅し、砂粒がガラス状に変質している。  あの旅人の姿は見えない。生態センサーを使っても、旅人の姿は認められない。先ほどの攻撃では、魔法が使えたとしても防ぐことはできないだろう。 「クソッ!」  すぐ近くにいながら救うことができなかった。せめて、雪蛍の武装が解除されていれば、アタラの一匹や二匹、相手にできるのだが。  シジマ・カーネギー。無事か?  通信が入った。振り返ると、四つの光がローゼンティーナの方角から向かってくる。その中でも、赤紫色の輝きが、ほかの光よりも遙かに早くこちらに向かってくる。 「あれは、まさか……」  シジマ・カーネギー。下がりなさい、私がやります。 「は、はい!」  シジマが答えるのとほぼ同時に、声の本人が目の前に出現した。  深紅のドレスを身に纏った女性。雪蛍のドレスと同じように軽甲冑タイプだが、丸みを帯びた女性らしい装甲は全身を覆っている。背部には大小六つのウイングが付いており、腰からは五本の長い尻尾のような物が付いている。  灰色の長い髪を揺らした女性。少し目尻の下がっている表情は柔らかく、薄い唇には紫色のルージュが引かれている。彼女はローゼンティーナの副代表であり、オリジナルソフィアを持つアラリムの一人。『激昂なる尖晶石』のソフィアリアクター、シノ・ルーインだ。 「シノ、これより戦闘行動に移る。昆虫タイプのアタラを排除する」  言うが早いか、シノがセフィラーの残滓を残して目の前から消えた。そう思えるほど、シノの動きは素早かった。  こちらの存在に気がついたアタラの周囲を一周したシノは、虚空に手を伸ばした。ソフィアが周囲のセフィラーを凝縮させ、一本の槍を生み出した。ドレスと同じように、深紅の槍は、切っ先を輝かせると光り輝く鞭を先端に発生させた。 「まずは動きを!」  腰のから伸びる五本の尾が生き物のように動いた。五本の尾は自由自在に空中を飛び回り、アタラの周囲を取り囲むと、アタラの胴体を貫いた。分厚い装甲のような背板も、激昂なる尖硝石の力の前では紙同然だった。 「さ、終わりよ」  妖艶な笑みを浮かべるシノは、体を一回転させると、槍を振り抜いた。先端から伸びた鞭が大きくしなり、アタラの頭部を切断した。さらに鞭はアタラの体を拘束する。 「爆ぜなさい」  槍先から鞭が切れた。瞬間、輝く鞭がさらに光り輝くと、炸裂した。局所的な爆発だったが、アタラの体は大小様々な肉片になって砂漠に散らばった。  シノが到着してから、ほんの数秒の出来事だった。 「怪我はないわね?」  シノがこちらに寄ってくる。 「はい」  シジマは腰を折ってシノに答える。 「俺、いや、私は大丈夫ですが、旅人が一人」  シジマは足下を見るが、はやり生体反応は感じられない。 「旅人……。乾期のこの時期に、レッドストーンを横断するような愚か者がいるのかしらね」 「ですが、本当に……」  シジマを見て、シノは口元を押さえてクスクスと笑う。普段は滅多に見ることのないシノの笑顔に、シジマは胸を打たれた。可愛い。素直にそう思ってしまうほど、シノは若々しかった。 「貴方を疑ってるわけではないわ。一人、そういう愚か者に心当たりがあるのよ。彼ならば、殺しても死なないでしょう。帰還しましょう、シジマ」  シノはローゼンティーナに向け飛んでいった。シノと入れ違うように来た三名は、見覚えのある生徒会の役員達だった。 「君、ご苦労。事後処理はこちらで行う」  生徒会長であるサモンが佇むシジマに声を書けた。黒髪長髪に眼鏡を掛けたサモンは、女子生徒から絶大な人気を誇っている。一見クールそうだが、その実彼の内面は誰よりも情熱的で面倒見がよい。容姿端麗、学業も戦闘もそつなくこなす天才肌。タキシードのような紫色のドレスを纏ったサモンは、口元に薄い笑みを浮かべると、アタラの残骸の処理に砂漠へ降りていった。  シジマがホッと息を吐き出すと、通信が入ってきた。  あ~、ワルイワルイ。寝ちゃっててさ。ご苦労さん。 「アリティア先輩、生徒会の人たちは、アタラの事後処理を行っていますけど?」  棘のある言い方をしたシジマだったが、返ってきたのは脳天気な言葉だった。  だったら、もう私が行く必要ないっしょ。あーいうのは、サモン達に任せて、私たちは帰るわよ。 「はい」  溜息交じりに答えたシジマは、ウイングからセフィラーを放出させローゼンティーナへ戻った。
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