そのさん:「リシェちゃん」と「ヴェスカ」

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そのさん:「リシェちゃん」と「ヴェスカ」

 何だろう、あれは。  転入に関する手続きの書類を持って来たリシェは、眉を寄せながら不思議そうに見た後、用件を終えて職員室を後にする。  中高一貫とあって、自分よりも年下の生徒も確認出来るが、こちらが高等部だと分かると向こうはそそくさと足早に立ち去っていった。  特に声をかけてはいけないという決まりは無いが、やはり気後れしてしまいがちなのだろう。  次の時間は何の教科だっけ…とぼんやりと考えながら歩く。未だに新しいクラスには慣れない。友達の作り方もろくに知らない。  そもそもリシェの性格では、自ら話しかけていくのも厳しいものがある。むしろ面倒臭い。出来るものなら単独でも構わないのだ。  教室に向かう最中、何故か教員用トイレの前で頭を抱えてうずくまっている男を見つけた。彼はぶるぶると震えながら微動だにしておらず、丸い塊と化していた。  リシェは変に思いながら、塊に近付く。 「………」  頭を押さえているという事は、ぶつけてしまったのだろうか。ふと上部を見上げた。 「何してるんですか?」  黙っているのもあれなので、とりあえず聞いてみた。  塊はようやくもそりと動き始めると、ゆっくりと立ち上がる。 「…痛ってええぇ…!!低すぎだろこの入口!!」  そう言った男の身長は、リシェより遥かに高かった。  ぽかんと口を開きながら見上げ、「あんたが高過ぎるんじゃないのか」と思った事を口にした。 「んあ?…おおっ、何だ、使いたかったのか?」 「教員用のトイレ、使ってもいいんですか」  真っ赤な短髪の若い教師は、見上げてくる生徒を見下ろして「いいんじゃねえの?」と返す。 「今はいいです」 「そうか。それにしても目立つ格好してるなあ」 「?普通だけど…」 「まあ、普通なんだけどよ。何だろうな、格好は普通なくせに無駄に華やかな気がする」  教師はリシェをじろじろ見ながら呟く。 「…何だろう、あんたに言われると無駄に腹が立ってくる気がする」  お互い違和感を感じ合う。  向こうの世界ではボケたりツッコミ合ったりする上官と部下なのだから無理も無い。 「ああ、何だ転入生か?そういや目立つ生徒が入ってくるって聞いた気がしたな!そうかあ、なるほど!名前は?」 「リシェ=エルシュ=ウィンダートです」 「ああ、リシェちゃんか。ははあ、リシェちゃんね」 「ちゃん?」 「何でだろうなあ、何故かちゃん付けした方がしっくりくるんだ…変だなあ」 「………」  言われたリシェも不思議とそれを受け入れそうになった。 「俺はヴェスカ。ヴェスカ=クレイル=アレイヤード。体育専門の教師だ。まあ、担当になるかもしれないけど覚えておいてくれ」 「はあ、ヴェスカ」  リシェも彼の名前を口ずさむと、不意に違和感を感じた。敬うべき教師相手に敬称無く名前を言ってしまう。  お互い不思議そうにしながら、それぞれの立場を思い出した。 「とりあえず…何かあれば相談してくれてもいいからな。何でもしてやるぞ、出来る事なら」 「分かりました。害虫駆除とかお願いしようと思います」  ふと突いて出たリシェの発言に、ヴェスカはさっと顔を弱気に曇らせる。 「何でそんな事言うの」 「…何ででしょうか…虫駆除、好きそうだから」 「凄く怖いんだけど…俺苦手なの芋虫とか毛虫とかそういうやつなのよ。何でピンポイントで嫌いなの頼もうとすんのさ…」  大きな男が引きながら後ずさりする情けない様子を、リシェは楽しいと思って眺めていた。
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