そのいち:向こうを知るのはラスだけ?

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そのいち:向こうを知るのはラスだけ?

8c1d2cbd-2b48-498f-b2e7-9a32d2ef86b5   ※気晴らしに書きたかった司祭の国の変な仲間たちのパラレルな小話です。 中身はとにかくツッコミ所が沢山ありまくりのゆるい内容となっております。  …転入して来たものの、朝から異様な空気に苛まれ、ついに耐えきれずにこの屋上に来てしまった。  幸い立ち入り禁止の札が立てかけられ、生徒の姿は居なかったものの、びくびくと怯えながら周囲を見回すその様子はまるで子羊のようにも見える。  国営の中高一貫の全寮制男子校、アストレーゼン学園。別の学校から転入して来た少年は、彼が学園に入る前から周囲を騒がせていた。  少女と見紛う可憐な容姿と、それに不釣り合いな無表情で、口を開けば毒を吐く。そのギャップがまたたまらないと勘違いした少年達からは歯の浮くセリフを吐き散らかされ、それをうるさいと切り捨てては、他の密着してくる上級生を振り払う毎日。  クラスメイトからはそんな彼を見て、転入初日から壁を隔てたような接し方をされてしまう始末。  いい加減疲れ果てた彼は、ようやく安住の地を見つけて学園屋上の目立たぬ場所でやや長めの昼休み時間を取っていた。  あのしつこい上級生が居ないだけでだいぶ違うなとホッとしながら、購買で買って来たクリームパンを頬張る。甘いクリームが口の中で広がり、パン生地に練り込まれている塩分がうまくミックスされていい味に蕩けていく。  このパンはリピート出来るなと思いながら、紙パックの牛乳を流し込んでいると、不意にぞくりと背筋が凍りついた。  何か勢い良く階段を駆け上がってくる音が聞こえる、と。  慌ててパンと牛乳を持ちながら身を隠す場所を探していると、突如屋上の侵入口の扉がバーン!と開かれた。  ひっ、と声が出そうになる。 「…見つけた!!こんな所に居たんだね、リシェ先輩っ★」  同じブレザーの制服を軽く着崩し、アクセサリーを所々に身に付けたお洒落な印象を与える少年は、物凄く笑顔を見せながら近づいて来た。一方でリシェ先輩と呼ばれたクリームパンの少年は、怯えながらふるふると首を振って後退りをする。  一体どこから嗅ぎつけて来るのだろう。 「何で俺の居場所が分かったんだ!犬の嗅覚でも持っているのか、気持ち悪いな!!」 「そんな事言わないでよぉ。ほらぁ、折角いちゃつける環境に居るんだからこうやってアピールしないと。早く唾つけとかないと先輩はロシュ様にさっさと持っていかれちゃうんだから」 「何で俺が先輩なんだ!お前なんかどう見ても一年上だろうが!!ロシュ様って誰だ!」  迫る少年に、リシェはあっちに行けとジェスチャー込みで促す。だが全く動じない様子だ。 「あれ?(向こうの世界)をご存知無い?…もしかして俺しか分からないのかな。あっちの記憶が無いなら好都合かもしれないや」 「何をぶつぶつと…!俺が折角休憩してたのにお前ときたらいちいち邪魔しに来やがって!いい場所を見つけたって思ったのに!」 「先輩、お前じゃなくてラスって呼んでください。いつも呼んでくれてるじゃないですかぁ。俺達、(向こうの世界)では恋人だったのに」 リシェにはラスが言う意味がさっぱり分からないようだ。ラスが言う(あっち側)を知らないのを逆手に、ラスは完全に嘘をついた。  しかしリシェはひくひくと小さな体を震わせ後退りしながら「知るか!」と怒鳴る。 「何だよ、(向こうの世界)って!頭おかしいのか!?変な電波でも受信してるのか!恋人だなんて初めて聞いたぞバカ!」 「うん。俺も初めて言ってみたんですっ」  後退りしているリシェの背後は安全柵が敷かれているのを、ラスは見逃さなかった。老朽化され、そこだけ小さな陥没が起こって緩くなっているのだ。  リシェは背後を見ずに後退しているので安全を確認出来ない。 「先輩、後ろ危ないですよ。戻ってきて」 「やかましい!そう言って捕まえる気なんだろう、そうはいかないぞ」  安全柵に踵が付き、カシャンと金具の鳴る音が聞こえる。その瞬間、リシェはかくりとバランスを崩してしまった。  あっ、と声を上げる。 「先輩!」  咄嗟にラスはリシェの元へ駆け出し、彼の華奢な体を抱きとめる。同時に、リシェが手にしていたクリームパンと牛乳が宙を舞った。  わ、と小さな声がラスの耳元で響く。  陥没している地面のすぐ手前で二人の動きが止まり、同時にへたりと座り込んだ。 「ほら、危ないって言ったでしょ」  言われ、リシェはそろりと背後に目を向ける。 「ひっ…」  床の骨組みがむき出しになっているのを見て、彼は息を飲み込む。その様子に、ラスはくすりと吹き出してしまう。  いつもの先輩なら何の反応もしないけどな、と。  先程の強気な様子からは打って変わり、少し大人しくなるリシェ。  頭をかくりと垂れ、俯き加減になりながら「…悪かったよ」とお礼を含んだ言葉を放った。ラスは彼の顔を覗き込むようにして見ると、ふふっと微笑む。 「恋人として当然の事をしたまでだよ、先輩?」  ラスは小さなその顔を撫で、リシェに優しく囁いた。  どうやら今の段階では、(向こうの世界)を知るのは自分だけのようだ。この世界ではうまくいけばリシェを自分のものに出来るかもしれない。  気になるのは、自分以外にあちらの世界を知る者が居るかどうかだ。  もし居るとして、それが彼…リシェが別の世界で愛して止まないロシュだとすれば。  …その前に、このリシェを落としてやる。  脱力する小さな体を抱き締めながら、ラスは秘めた野望を押し込んでいた。    
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