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強風が激しく窓を揺らしていた。強い雨が屋根や外壁を叩く音も聞こえる。
「直撃はしないってラジオが言ってたけど、ものすごい雨ね」
佐和は雨音の響く天井を仰ぎ見ながら布団に横たわったばかりの義徳に話しかけた。だが、返ってきたのはいびきだった。
無理もない、半日以上運転していたのだからと佐和はそっと肌布団を義徳の肩まで掛ける。
義徳が薄目を開け、両手を伸ばしてのびをした。
「――ばあちゃん、すごく喜んでたよ」
「あ、ごめん、起こした?」
「ううん。大丈夫、眠ってないから」
「うそ、いびきかいてたわよ」
「ちゃんと起きてたってっ」
ムキになる義徳にぷっと噴き出し、佐和は「はいはい」と返す。
「で、話の続きだけど、佐和が風呂入ってる時ばあちゃんにいい嫁選んだなって褒められたよ」
「まだ嫁じゃないけど、おばあちゃん認めてくれたってことかな。わたしなんかでいいのかな」
佐和のつぶやきに義徳の目が大きく開いた。
「そんなの決まってるだろ。もしばあちゃんが認めなかったとしてもぼくは佐和と絶対結婚するんだから、どっちにしても嫁なんだよ」
そう言って座ったままの佐和の腕を引き、自分の横に寝転がせた。
激しい稲光が窓を照らす。数秒後に割れるような音が家を震わせた。
「きゃ」
佐和は義徳の胸に顔をうずめた。音が止んで顔を上げると義徳のにやけた顔がある。
「今の佐和かわいかったな。『きゃ』だって」
「もう、からかわな――」
いい終わらないうちに再び閃光が走った。
佐和はぎゅっと目をつぶり両手で耳を塞ぐ。その頭を義徳が優しく撫でた。
両手を耳から離すと、
「――のこと――」
「えっ、何?」
「さっきばあちゃんに聞いたんだ。香子のこと。
結婚してこの家に来たらあいつとはご近所になるだろ。ちゃんとけり付けとかないと佐和に嫌がらせしかねないからさ。何とかならないかって言ったんだよ。
ああ見えてばあちゃん怒ったら結構怖いんだよ。だから近所の悪ガキはみんなばあちゃんの言うことをよく聞くんだ。
最近なりを潜めてたけど、香子はしつこい性質だから」
「わたしなら大丈夫よ。あの子より大人なんだし、うまくかわすわ。もしかしたら仲良しになれるかもよ」
「――――」
さらに激しくなった雨音が義徳の声をかき消す。
「えっ? 聞こえない。何?」
「だから、死んだんだって、香子」
ひやりといっきに空気が変わった。
「なぜ――」
絶句する佐和の頭や頬を撫でながら義徳が淡々と続ける。
「事故だって。
ぼくのいない日にあいつ店に来たことあったろ? 菜摘先輩が髪染めたって日。あの日にナンパされて車で送ってもらった時、事故ったって。
ほら、来る時見ただろ、花を供えたガードレール。あそこで。
ものすごいスピードで突っ込んだんだって。酒か薬を飲んでたんじゃないかって、葬式の時に誰かが話してんのばあちゃんが聞いたそうだ。
バカだよ、香子のやつ。自分で自分の命縮めて。
でもこう言っちゃ悪いけど、ぼくはちょっとほっとしてるんだ」
佐和は追いかけて来たでーさいを思い出した。あれは香子さんだったのかもしれない。
「そ、そんなこと――言っちゃいけないわ」
光と同時に激しい雷鳴が轟き、雨がさらに勢いを増す。佐和の声は義徳に届かず、心配の種が消えた安堵いっぱいの笑顔が目の前に近づいてくる。
不謹慎よ。香子さんに対して。
そう続けようとしたが義徳の唇で塞がれた。
凄まじい風雨が窓ガラスを叩いている。
義徳に包まれながらも佐和はその音が気になって仕方がなかった。
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