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兄の番人 3-3
国語の先生が朗読しているあいだ、おれは窓際の自分の席から校庭をながめていた。
ひとが自分のパンツを穿く状況ってどういうことだろう。おれはふとあることに気づいた。
茅場の母親になにかあったのかもしれない。
茅場は、スナックを経営している母親とふたりで暮らしている。茅場が小学校二年生のころに茅場の両親は離婚したが、茅場の姓は父親の姓のままだった。
茅場は、幼稚園のころからの腐れ縁のおれにすら父親が家を出ていったことを知らせなかった。
父親が家に帰ってくることを信じて待っていた。
父親の再婚相手に子供ができてもずっと待っていた。
茅場の母親はいつも恋人がいるのにだれとも結婚しようとしない。当時、離婚の事情を茅場はなにも知らなかった。茅場はそれをぜったいに聞こうとしないし、両親の悪口もいうこともない。
おれの家なんて茅場の家にくらべたら気楽だと思っていたのに。
額がひんやりと冷たくなった。冬だというのにじっとりと汗をかいている。
視界がかすむ。気持ち悪い。
身体がガタガタとふるえだした。
「皆川くんが気分悪いみたいです」
頭を起こしていられなかった。まぶたのうらで星が帯になってまたたいている。
「おい、保健委員は?」
先生の声とともに、おれは意識を失った。
肩を叩かれて目がさめた。星一のまっすぐな澄んだ目がおれを覗き込んでいた。
「大丈夫?」
おれは保健室に運ばれたようだった。なんでこんなところに星一がいるんだろう。
「皆川くん、大丈夫?」
保健の先生が衝立ごしにおれに声をかけた。
「君はきのうも保健室に来てたから、親御さんに連絡したの。きょうはもう授業出なくていいから、病院へ行ってらっしゃい」
おれはきのうも痛み止めをもらいにきていた。成長痛とはいわずに頭痛といっておいたのが良かったらしい。授業をサボれるのは嬉しかったが、星一とふたりきりになるのは気分が重い。
「荷物は取ってきたから」
星一の手からダッフルコートを取って着込むと、おれは頭をさげて保健室を出ていった。
星一は黒い髪を額でわけて、前髪をサイドに流している。なぜかいつも前髪だけは長めで、本を読むときに前髪をいじるのがくせになっている。
グレーのコートに、くすんだうすい緑のマフラーと、ジーンズ。マフラーの奥から暗い紫色のセーターの衿が覗いている。星一は自分の見かけにはまったく無関心だったから、星一が着ているものはぜんぶ理月の趣味だった。以前はなんとも思わなかったけれど、いまは理月が愛人の服をえらぶエロ親父みたいで気持ちが悪い。
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