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兄の番人 3-4
「病院行かなくていいよ」
「どうして?」
「きのうは関節痛。きょうは貧血。身体が悪いわけじゃないから」
昇降口を出ると、おれは自転車置き場へマウンテンバイクを取りにいった。星一は校門の前でおれを待っている。
北から吹く横風がきつい。自然と身体が前かがみになる。
「熱が出ると関節が痛むことがあるから、治しておいたほうがいいよ」
落ち着いたやわらかい話し方は、小学生のときまで行かされていた教会の牧師さんに似ている。
信号が赤になった。おれたちは歩道で信号を待った。
「兄貴ってなんで理月といっしょにいるの? 理月っていやなことしかいわないし、兄貴の金は盗るし、最悪だろ」
「子どものときだけだよ」
信号が青に変わる。おれたちは横断歩道を渡っていった。
星一は葉が落ちたケヤキの木を見上げた。視線のさきをたどる。飛行機雲が空を横切っている。
「それに、お金を遣ってもいいって言ったのは俺だよ」
晴也にもそう言っただろう? と星一は横目でおれをうかがう。
「そのとき晴也がなんていったか覚えてる?」
「自分の金は自分で遣え」
「だから理月と晴也に遣ってるんだよっていったら、理月が怒ったね」
「ヒステリーだよあれ」
おれたちは声をそろえて笑った。内心どうして和んでいるんだろうとあきれながら。
家に丸いポストの貯金箱があった。30センチくらいあるそれに、星一は小学校のころから小遣いを貯めつづけていた。
理月はそのポストから金を引きだすようになった。ちょうどその現場に居合わせたおれは理月に殴られた。
おれは星一に泣きながらそのことを訴えた。星一はおれの頭をなでながら、あれは持っていってもかまわないんだよ、といった。
――どうせ俺は遣わないし。
そのうしろで理月が勝ち誇った顔をしていた。
――だから偉そうなこと言ってんじゃねえよ。
おれは、どろぼう、と理月をにらみつけた。
――晴也もこれ、遣っていいよ。遣わなきゃ一杯になるだけだから。
――自分の金は自分で遣えよ。
――理月と晴也に遣ってるんだよ。
――おれ理月みたいにどろぼうじゃないもん。
――泥棒じゃねえよ!
理月は星一の手から貯金箱をもぎとると、それを部屋の床に叩きつけた。大きな音がして、千円札や硬貨や貯金箱の赤いかけらが床に散らばる。
理月はさっさと遊びにいってしまった。そのとき親は家にいなかったから、星一とおれで貯金箱のあとかたづけをした。
家にかえると、おれは玄関のよこの倉庫にバイクを入れた。
髪を撫でつけながら二階へ上がる。理月は星一にだけは言うなといった。口止めする人間が違うんじゃないだろうか。
ベッドに横になって落ち込んでいたら、ドアをノックする音がした。
シュークリームと水と薬の瓶をのせた盆を片手に、星一が部屋へ入ってきた。
「お昼になったらなにかつくるから、これで我慢して」
机に盆をおいて部屋を出ていく星一を呼び止める。
「兄貴って彼女いるの?」
「いないよ」
「彼女つくれよ。理月にベッタリだと――」
星一は子どもにするようなしぐさで首をかたむけた。
「あいつガキのままだよ」
「晴也のほうが年上みたいだね」
口元をゆるめて星一がいった。
「下にいるから、なにかあったら呼んで」
おれの言葉になにも答えを返さずに、星一は部屋をでていった。
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