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兄の番人 1-2
おれがクリスマスツリーを欲しがったのは一瞬だけだった。次の日には、ツリーのことなどすっかり忘れていた。
が、星一はそのことをちゃんと覚えていた。
次の日、星一はゴミ置き場で足の壊れたツリーをひろってきた。
星一は誰に対してもやさしかった。勉強や運動はずばぬけてできたし、顔はいいしで、親にとっては理想の子供だった。学校では毎年学級委員をやっていたが、仲のいい友達はいないようだった。星一は今年県内の国立大学を推薦入試で受かって、家から大学へ通っている。
ツリーの足を直すと、おれは兄たちといっしょに飾りをツリーにつけた。
モールと照明だけを巻いたツリーに、銀の星。おれは自分のクリスマスツリーができて満足だった。
が、まったく興味なさそうな顔をしていた理月が、積み木の人形をツリーに飾りだした。理月は凝り性だった。最初は白けた顔をしていても、なにかやりだすと熱くなる。
星一がこんぺいとうの袋を台所からもってきた。ツリーの枝にカラフルなこんぺいとうを置こうとする手を、理月が止める。兄弟のなかでは理月だけが甘党だった。こんぺいとうが汚れるのがいやだったらしい。
おれは星一に文句をいう理月をおいて洗面所へ向かった。手を洗って洗面所を出ようとした瞬間、おどろいて身体をひっこめる。
理月が星一の唇に唇を押しつけていた。
星一は目をみひらいたまま、まったく抵抗しなかった。
星一の首にかけられた理月の手が、首をぎゅっとしめつけていた。
理月が星一の目をのぞきこむ。そしてつまらなさそうに目を細めると、星一をつきはなした。
こんぺいとうが落ちる音がして、ふたりはクリスマスツリーをふりかえった。
星一が反応しないことに理月は腹を立てていた。理月は相手の嫌がることなら自分が嫌なことでも平気でやるやつだ。キスをされて星一はおどろいていたが、それ以上でもそれ以下でもなかった。
おれたちは星一の怒った顔や泣いた顔をみたことがなかった。両親は星一のそういうところをほめたたえていた。
お兄ちゃんのようになりなさい。
星一のように、完璧に。
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