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兄の番人 1-3
親がそういうことにはわけがある。
子供のころの理月は離人症だった。人間と障害物の区別がつかなくて、おれにぶつかっては無表情ではなれていく。当時のおれは、理月を気持ち悪いやつとしか思っていなかった。
親が子供の出来にこだわるのは、理月が幼いときにまわりにいろいろ言われたからだった。
父親は母親と結婚するのを反対されていた。学生結婚だったということもあるけれど、理由はそれだけではない。母親がある町の出身だったからだ。
その町の名前は不吉なものだった。昔は処刑場があったとか、小学校に幽霊が出るとか、変なうわさが流れてくるところだった。
母親の育ちが悪いというのは、なんの根拠もない嘘だった。が、理月が「まとも」になっていちばん安心したのは母親だった。
理月は小学四年生のときに変わった。
そのときおれは小学校の一年生だった。理月は熱を出して学校を休んでいた。おれはパートに出ていた母親から、理月の氷枕を替えてねといわれていた。
おれは家にかえってすぐに理月の部屋にいったが、理月はいなかった。家中の部屋を捜したあと、リビングに出る。
リビングのカーテン越しに、ひらいた黒いこうもり傘が見えた。
忘れ物だろうか。今日は晴れているのに。
カーテンをあける。庭の芝生に理月が倒れていた。
投げ出された腕の隙間から白い顔がのぞいている。
黒いこうもり傘がその場から逃げるように風でころがっていった。
おれは家をとびだして、となりのおばさんに救急車を呼んでほしいとたのんだ。
理月はその日の夕方に目を醒ました。右腕を複雑骨折しているという。そのころには両親と星一も来て病室のベッドを囲んでいた。
なにがあったのか問いただす母親に、理月は屋根の上から飛び降りたといった。
「飛べそうだったから」
理月は二階の屋根から飛び降りた。黒いこうもり傘をもって。
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