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その夜、何度目かわからない寝返りをうつ。耳の奥に煩わしく聞こえてくる、壁掛け時計の秒針音。あまりの寝付けなさに、いい加減諦めて私は目を開けることにした。
淡いオレンジ色が控え目に照らしている部屋を、ぼんやりとベッドの中で見つめる。
眠れない原因はわかっている。
あれから色々スマホをいじってみたけど、あんなに会話が出来る機能やアプリなんてなかったことと、昼間から引っ掛かっていること。結局、その原因はいくら考えてもわからない。
まったく睡眠妨害もいいとこよ。
ため息が私の口からもれる。このため息だけじゃ、からからに乾いた喉を潤すなんて無理ね。私はベッドから身を起こし冷蔵庫に向かおうと立ち上がった瞬間、照明が消え辺りは暗闇に満ちた。
「ちょっと、いきなりなに!?」
突然の事に驚いて思わず声をあげる。
この暗闇の中を怖がりながら電気をつけに行くより、枕元に置いてあったスマホを取る方が早いと判断した私は慌てて探す。手に固い感触、これね。とにかく明りをつけようとスマホの電源ボタンを押す。光りが目に刺すように入ってきて痛いけど、ほっともした。
それでもこの光の量じゃ足りないから、懐中電灯の変わりになるライト設定に変更する。今度はこの明りを便りに電気をつけようと振り向くと、何かが私の肩を掴みベッドの上に押し潰してきた。間を開けることなく、鋭利な刃物のようなものをベッドに突き立てる音がした。
あまりの恐怖で体が強張り喉もきゅっと絞まってしまい、叫び声どころか息を吸うことさえ困難だ。
嘘でしょ。
こんなときに声がでないなんて……
助けが呼べない。
「こんばんは。魔法少女さん」
その声に、ピクリと耳と体が反応した。
「なあ、知ってるか? わざわざつけに行こうとしなくても、物によってはスマホでも電気をつけられるアプリとかあるんだぜ? 一昨日も思ったが、お前まったく使いこなせてねぇんだな。宝の持ち腐れってやつだ。ま、どのみちブレーカー落としたから無理なんだけどな」
人を小馬鹿にした話し方。
ずっとベッタリと張り付いたように私を煩わせていたすべての違和感が、理解と共に私の中から押し流されるようにどんどん消えていく。
私は知っていた。
一昨日から。
この声の持ち主を。
「あなた、だったのね……スマホの正体は……」
喉の奥からなんとか声を絞り出して、ようやく暗闇に慣れた目で、私を見下ろす最近知った顔の相手を睨み付けてやる。
「仕事上、スマホに細工も出来るし気に入った相手も便利に探せる。まさに一石二鳥だと思わないか?」
「まさか、一人暮らしの女性を襲ってる犯人って……お兄さんなの?」
彼はへらへらと笑いながら、私に顔を近づけてきた。悪意に満ちた目が細められる。
「世の中、本当に便利になったよな。スマホ一台あれば、大抵のことはできるんだから。言っただろ。気を付けろって」
こんなのどう気を付けろって言うのよ。
冗談じゃない。
なんでこんな目に合わなきゃならないの?
怖くて悔しくて 体が震える。
ふと落とした視線の先で見たものに、私は今までに味わった事がない程の理不尽さと絶望感に襲われた。
床に落ちたスマホが放っている白い光が、壁掛けの時計を不気味に暗闇の中で浮き上がらせている。
時間は午前3時。
私は悟り、薄く笑う。
「やっぱり私、3との相性……悪いなぁ……」
こぼれ落ちた、底知れぬ悲しみを持った言葉。
この3日間で、私におきた数々の最悪な出来事は、悲惨さを持って終わりを告げた。
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