序曲

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「直人さん。待って下さいよ。」 人混みを抜け外に出て 歩いていると 後ろから声がかかる。 神田直人は 立ち止まり 声がした方へと振り返った。 背の高いスーツ姿の男が小走りに近づいてくる。 「・・湊くん。どうしたの。」 はぁはぁ。と荒く息を吐き 額に汗をかく様子に 苦笑いを噛み殺し そう声をかけると 夏目湊は ひどいなぁ。とでも言うように 顔をしかめた。 「どうしたじゃないですよ。酷いな。 待っててって言ったじゃないですか。 もう。いつもそうやってすぐ いなくなっちゃうんだからなぁ。 結局 一度も 飯行けなかったし。。 今日は流石に行きますよね。謝恩会。 その後 ゼミの送別会ですから。」 ウキウキと楽しげにそう話す 湊に ああ。マズイ。どうやって逃げようかな。。。 直人は脳内を回転させた。 大学の卒業式。 事前に書類を出せば出なくても別に 良かったんだけど。 直人は手に持つ卒業証書に目をやった。 柏木組 次期三代目 柏木元に盃を貰い 若い衆となった後 組にとって有益な男になろうと 許可を貰い大学へ入学して四年。 やっとの思いで掴んだこの卒業証書。 柏木組幹部 元兄貴と五分の兄弟の来生高嶺兄貴に 卒業式には出ないと言うと 「物事にはけじめをつけろ。 無駄な事など 今の未熟なお前には何も無い。」 と冷静に諭され 今日 晴れてこの場に居る。 でも。 高嶺兄貴の言う通りだったな。 卒業証書を手にした時の達成感は 正直 今まで一度も経験した事が無いぐらいで。 こんなに必死になって勉強した事など 無かったし 何かを成し遂げた事もない。 ふらふらと遊び回り 家族が死んだ事にも気づかず 高嶺兄貴に生きて死んでいるような奴と言われた。 悔しかったけど。 あの頃の俺は 確かに生きて死んでたも同然。 そう言われても仕方がない。
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