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虫は調伏されない。ヤっさんは再度突っ込みと同時に机を叩いた。金食い虫の体も再度宙を舞って、一番右の金食い虫が着地に失敗してひっくり返る。
腹を見せた金食い虫は、自力で起き上がれないらしく、節足動物特有の節くれ立った足を必死でわきわき蠢かす。
『あ~~~~っ』
『兄貴ぃっ!』
『弟よっ!』
成程、右の金食い虫が兄弟の真ん中らしい。『あにきぃ』『おとうとよぉ!』『あ~~~』と繰り返す虫達に、フクさんが転がった金食い虫つまんで元に戻してやる。
『よ・・・妖怪なんてものは知らんでさ。でも調伏は怖いでさ』
『アッシらはただの金食い虫でさ』
『虫でさ』
そうかい、そうかい。とフクさんは頷いている。ヤっさんは痛むこめかみを押さえた。自供もちゃんと取れたのだし、取り調べはもう終えてしまってもいいのではなかろうか。
近くのコンビニに、虫刺され用の薬を買いに行きたい。――足が痒い。
「しかし、金鉱脈を廃鉱に追い込むほど金を食べてしまうのならば、君達の排泄物には金が含まれていたりもするのかね」
「・・・何聞いてんだよぉ、フクさん」
「いや、ちょっと興味本位で・・・」
フクさんはバツが悪そうに薄くなった後頭部を掻いてへらりと笑った。
『まさか。金は栄養源でさ』
『石塊しか出ないでさ』
『ちなみにフィナンシェを食うと小麦粉が出るでさ』
「何で菓子食った方が値価値のあるもん出るんだっ!!」
三度目、ヤっさんはコレまでで一番強く机を叩いた。両手で。
今度は三匹とも机の上でひっくり返る。
『あ~~~~』
『あ~~~~~~~』
『あぁ~~』
仏のフクさんが、一匹一匹元に戻してやる。起き上がれた金食い虫達は、フクさんにお礼をするかのように、六本足を曲げ伸ばし、曲げ伸ばし、体を上下させた。
「でもまあ、そんな小麦粉は使いたくないなぁ」
フクさんの言葉にヤっさんは重く頷いた。
『何ででさ?――人間は象の糞を使った飲み物を飲むでさ』
『高級品ってネットで見たでさ』
『でさでさ』
「飲むかっ!」
流石に四度目机を叩く事は無かったが、ヤっさんの拳はふるふると震える。
「ああ、うん・・・あるねぇ。コーヒー豆の事だろう」
「え、フクさん。・・・あるんですか・・・象の、アレソレ使った飲み物」
「あるよ、世界最高級のコーヒー豆だ」
ヤっさんはパイプ椅子の上で体をのけぞらせた。世界は広い。人間って、本当に何でも口にする。というかそれを最初に試した人間はどういう嗜好だったのだろうか。
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