金を飲む

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ある時、国に疫病が起こった。全身が醜く腫れ上がり、夜も眠れぬほどの激痛に苛まれ、やがては命を奪われるという残酷な症状のものだった。 疫病は原因も治療法も定かではなく、一日に何百人という規模で死亡者が出た。特に、重税を課せられ日々の暮らしにも困窮していた貧困層は、薬どころかろくな栄養も取ることができず、犠牲者の数をさらに押し上げていく要因となった。ところが、多数の死者が出てなお王の思考を占めていたものといえば、今夜も黄金尽くしの晩餐が楽しみであるとか、明日届く予定の新たな純金製ブローチが待ち遠しいといった、どこまでも金に関することばかりなのであった。 しかしとうとう、王も疫病について考えざるを得ない時が訪れた。王自身も疫病に罹ったのだ。 王は、醜く変わり果てた姿を隠すように黄金の天蓋つきベッドに潜り込み、日がな一日、夜がな夜っぴて苦しみに喘いだ。金粉がきらきらと瞬く食事も喉を通らず、眠りにつこうとしても全身に襲い来る痛みがそれを許さない。国一の名医を呼べども治すことは叶わず、体調は日に日に悪化し、迫る死の恐怖に心をかき乱されていった。 何故だ、何故余は疫病なぞに罹ってしまったのか。醜く情けない姿をさらして苦しみ抜き、有象無象の平民と同じようにあっけなく最期を迎えるというのか。嫌だ。来るな。来るな。死の足音よ、近づいて来るな。無礼者、無礼者、余は不老不死の象徴たる黄金の申し子、金色の王であるぞ。 そうだ、不老不死だ。不老不死の力が手に入りさえすれば、疫病なぞ一夜のうちに快復するに違いない。ああ、しかし、それならば何故、余はまだ不老不死の身ではないのか。不老不死の象徴である金をこれほど身の回りに配し、身に付け、あまつさえ食事としても摂り入れて来たというのに、未だその力の片鱗すらも得られていないとは一体何故だ。まさか、金が不老不死の力を持つという話は、嘘だったというのか。 ……いいや、違う。まだ『足りない』のだ。不老不死の力は、そう易々と手に入るものではないのだ。もっと、もっと我が身を金で満たさなければ。身の回りを黄金で埋め尽くし、一日中金のことばかりを考え、食す金の量も今までの五倍……いや十倍にまで増やす。 その偏執的な考えには何の確証もなかった――あるはずもなかったが、王はその金糸のように細く今にも切れそうな希望にすがりつくことで、辛うじて心に巣食う死の恐怖に抗うすべを見いだしたのだった。 王の命令は速やかに実行された。平民の一軒家を余裕で凌ぐ広さの寝室がぎゅうぎゅうになるまで純金の調度品が運び込まれ、ついには召し使いの一人が吐き気を催すほどのギラギラとした凶悪な輝きで王のまわりが満たされた。たとえ眠っているときだろうと、あらゆる種類の金の装身具が頭から足先まで余すところなく王の体を彩り、それらは触れあうたびにジャラジャラと耳障りな音を立てた。王は死に物狂いで食事も摂るようになり、宣言通り以前の十倍量の金を毎日毎日食べ続けた。 するとなんということだろう、王の容態はわずかながら回復の兆しを見せた。専門家の見解によれば必死に生きようとする気力と、食欲を取り戻したのが重要な因子であるとのことだが、王自身にとっては、金の不老不死の力はやはり本物だったのだと、極めて強固に信じ直す結果となった。余の行いはすべて正しかったのだと、部屋中を埋め尽くす黄金の輝きを眺めながら一人ほくそ笑んだのだった。
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