金を飲む

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王が快方に向かったとの報せが国中に届いてから数日後のこと。とある人物が、未だ黄金のベッドで療養を続ける王の元を訪ねた。彼はあちこちにしみや焦げ跡のあるみすぼらしいローブを纏い、傍目には浮浪者かと思えるほどだったが、王は快く彼を迎え入れた。 「ついに完成したのかね」 「ええ、お望み通りのものを」 彼は国一の錬金術師であり、王はこの人物にある物質の創造を命令していたのだ。それは――不老不死の薬。錬金術師は持参したトランクから、コルク栓のされた褐色のガラス瓶を丁重に取り出した。その中は三分の二ほどが謎の液体で満たされ静かに液面を揺らしており、錬金術師はその中身について淡々と説明を始めた。 「以前にもお伝えした通りですが――金という金属は何者にも侵されず、いつまでも輝きを保ち続ける特性を持つ反面……いえ、その特性を持つからこそですが、そのまま摂取しても人の体にはほとんど馴染まないのです。しかし、私は金を馴染みやすい状態に変化させる、夢のような薬を完成させました。それがこちらの瓶に入った液体なのです」 では実際に、液体が金を変化させる様子をご覧に入れましょう。錬金術師はさらに無色透明なワイングラスをトランクから出し、そばにあった黄金のビューローの上にコトリと置いた。続いて褐色瓶の栓を抜き、注ぎ口を傾ける。夕日を思わせるように綺麗な橙赤色の液体が、とくとくと音を立ててグラスの三分の一ほど注がれた。 「この液体に、金粉を落とします。さあ、よくご覧になってください」 王は目を見開いた。なんと、金粉が吸い込まれるように液体に溶けていくではないか。 王は思わずグラスを手に取り、この魔法の液体をつぶさに観察した。金粉は刹那のうちに溶けきり、一片の欠片すら残ってはいない。代わりに、先ほどよりも液体の色が、金の名残を思わせる黄色味を帯びていた。まるで夕日が逆行し、天高く君臨する正午の太陽に若返ったかのようだ。これはまさに、不老不死の象徴ではないか―― 「こうして薬に溶けた状態の金ならば、速やかに体に馴染み病をたちどころに治すのみならず、念願の不老不死の力をあなたさまにもたらすことでしょう。私は、この薬を『王の水』と名付けました。この国の誰よりも金を愛し、ゴールデン・キングと呼ばれたあなたさまに最も相応しい薬です」 ついに、ついに、不老不死が現実のものに――。王は込み上がる感情を満面の笑みに表し、薬の瓶を受け取り、錬金術師に莫大な褒美を取らせることを約束した。錬金術師は意外なほど冷静に「光栄です」と返事をし、最後に用法の説明と、誤って御自慢の調度品にこぼしたりなさりませんようにと注意を付け加え、デモンストレーションのセットを手早く片付けて寝室を退出したのだった。 王はさっそく、召し使いに透明なグラスと黄金のグラス、それから大量の金粉を持ってこさせ、『王の水』をまずは透明なグラスに注いだ。そこに金粉をたっぷりと投入し、発泡してみるみるうちに溶けていく金粉と、はっきりとした明るい黄色へと変貌を遂げていく液体の様子を楽しみながら見守った。 金粉がこれ以上溶けなくなったというところで、王の水をわざわざ黄金のグラスに移し替えた。不老不死の力を取り込むため、身の回りのものは出来うる限り金で揃える――強固な拘りに基づく行動である。グラスに顔を近づけると、むせ返るような独特の臭気が鼻の奥を刺激した。だが、これは錬金術師から説明を受けていたことだ。良薬口に苦し、飲む際にも多少の刺激があるが、不老不死のためには我慢して一気に飲み干すことが重要であると。 そしてとうとう、歴史的瞬間が訪れる。余はこの国で、いや人類史上初めて不老不死の力を得、神にも匹敵する存在となるのだ。今日という日の出来事は、余という生き証人とともに未来永劫子々孫々と語り継がれ、決して消え絶えることはないだろう。 王はにまりと笑うと、グラスを口につけ、そのままぐいっと――――
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