渋谷 私のフルーツ・ヴァレー 1

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 その円山町への入口の角に「舶来品、香水」の看板を出した、一間(いっけん)ほどの「小間物屋さん」があった。こういう「おしゃれ小間物屋」というのが、2000年くらいまでは渋谷や六本木、銀座にポツポツあって、夜の仕事の女が客にモノをねだれるように夜中まで明るくして開いていた。  舶来の香水(舶来品=洒落て高級、という時代だったのだ!)、銀細工のコンパクト、七宝焼きの手鏡、レースのハンカチ、サテンのスリッパなんか、別に無くても暮らしていけるけど、夢のある、水商売の若い女が欲しがるような細々したものを、ちょっと割高に売っていた。  そういう店だから子供のおもちゃなどは売ってないが、母と私はそういう店が好きで見つければ入った。ある時、伯母の家の帰り道、道玄坂の小間物屋で飾りものの「フルーツ消しゴム」を買ってもらった。10センチくらいのガラスの広口瓶に入っている。今では100均でも売っているシロモノだけど、当時、1970年ごろ、そんな消しゴムはアメリカ製で、珍しいオシャレなものだった。  ジャムの入ってるようなガラス瓶の首に赤いサテンのリボンが結んであり、コルクの蓋がきっちり押し込んである。中には、2、3センチ程の紫のブドウ、ピンクの桃、黄色いレモン、赤いイチゴ、淡緑のメロン、オレンジなんかが入っていて、振るとフルーツがコロコロ揺れるのがガラス越しに見える。私には夢のような瓶だった。
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