あなたの子供は元気です。

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手紙を書くのは、久しぶりだ。かなりアナログな俺でも、最近はパソコンを使わなければ仕事にならない。しかし、妻に頼まれたお礼状は、手書きでもいいだろう。隣の家へ渡す程度なのだから。 今日妻は、一人息子の良太と遊園地に出掛けている。福引きで入園券が当たったらしい。俺は仕事で疲れているだろうからと留守番だ。紀子は俺に家族サービスを押し付けてこない、良くできた妻だ。便箋と封筒はどこにあったかなぁと、妻が使っている引き出しを開けてみた。 あった、あった。シンプルな縦書きの便箋と白い封筒が丁寧に置いてある。 書き始めようとして、ふと便箋に残る文字の後を見つけた。きっと、妻が誰かに手紙を書いた時、筆圧が強くて、後が残ったのだろう。何を書いていたんだろう。いたずら心で、鉛筆で便箋を塗ってみた。妻が書いたと思われる文字が白く浮き上がってきた。どうやら手紙の最後のページらしく、三行だけの文章と、最後に妻の名前が見えた。「会いたいです。あなたの子供は元気にしています。何も心配なさらないでください。紀子」 『あなたの子供は元気にしています』どういう意味だ。子供?良太の事か。『あなた』とは、一体誰の事だ。俺?ありえない。毎日会っている俺に会いたいなんて、ありえない。 いつからか心に引っ掛かっていた、疑問が浮かび上がる。 『パパに似なくて良かったな』と口の悪い友人が冗談で言う。良太は、今年で12才になるが、生まれて一度も俺に似ていると言われた事がない。目鼻立ちがあっさりしたタイプの俺に比べ、切れ長の目に鷲鼻のはっきりした顔立をしている良太。 日々成長する良太の顔を見るたびに感じていた、黒い不安が一気に膨らんだ。 良太は俺の子では無い。まさか。あわてて、黒く塗りつぶした便箋を破り取った。 タバコを吸いに、裏庭へ出た。一旦落ち着こう。タバコに火をつける。紀子が趣味で育てている花々が、ところ狭しと咲いている。タバコを吸うことを嫌がる紀子も、家の中で吸われるよりはと、渋々承諾している。 近頃は喫煙家に辛いご時世。タバコも電子化されフレーバーがどうとか、充電がどうとか。職場の中でも、喫煙者は数名になっている。その中でも、葉タバコを吸ってる俺は珍しい方だ。 一服すると、少し冷静になれた。しかし、長年の疑惑を確かめたいと云う思いが止められない。便箋と封筒が入っていた引き出しを物色する。実在するか、しないかも分からない鷲鼻の男を探して。 背徳感からくる妙な興奮が込み上がる。同時に後ろめたい虚しい気持ちも沸き上がる。『ふっ、何やってんだか』我に返った時、写真が出てきた。 かなり、色褪せた写真が一枚。10年いや、20年ぐらい前の写真か。男性と女の子が笑顔で写っている。背景は、なだらかに広がる緑の山に、青みがかった薄紫の花が一面咲き覆っている。外国だろうか。 裏面に「私の子供 紀子へ誕生日おめでとう、父より」残り二枚写真が出てきた。全て一枚目の写真と同じ花が美しく咲いている写真だ。ただし、人は写っていない。裏面に「私の子供 紀子、誕生日おめでとう。父より」日付けは、ちょうど12年前。紀子と結婚した年だ。その年、良太が生まれた。俺たちは、でき婚だった。そして、今年の日付けがある写真の裏面には「私の子供 紀子、誕生日おめでとう。会いたいよ。父より」 紀子の父親は、家族を捨てて出ていったと聞いていた。紀子は母一人、子一人で育ったと。あまり父親について話そうとはしない紀子に、俺もあえて聞かなかった。 ただ一度、父親と一緒に珍しい花を見に行った事があると言っていた。「クリンジの花」インドの南部にある標高1000メートルを超える山肌に12年に一度しか咲かない青みがかった薄紫の花。 もう一度、紀子と、紀子の父親の写真を見た。紀子の面影はしっかりみてとれた。『あなたの子供…』あなたの子供とは、紀子の事だったんだ。クリンジの花が咲く12年に一度だけ、写真を送ってくる。きっと、今年初めて手紙の返事を書いたのだろう。そこにどんな経緯があり、約束があったのだろう。知るよしもない。 そして紀子の父親であろう男性は、目鼻立ちのハッキリした、なかなかのイケメンだ。 鼻筋の通ったイケメン。鷲鼻。 良太にそっくりだ。良太はおじいちゃん似の子だったと云うことか。親に似ずに、その親である祖父母に似る隔世遺伝。 今までの緊張が一気に溶けた。そして、妻の秘密、俺に話さなかった、紀子の秘密を見てしまった罪悪感が込み上げてきた。 広げた写真や、便箋、封筒を元に戻した。 時計を見ると、二人が戻ってくる時間だ。いつも通り二人を迎えよう。さっき見た写真の事は聞かない。いや、聞けない。勝手に秘密を見てしまったのだから。 一方紀子と良太は、遊園地にいた。『ママ、今日三人で遊園地に来たことはパパにはどうして内緒なの?』 『内緒にしてあげる事が、優しさなのよ』『ふ~ん、分かった』 男性がソフトクリームを両手に持って戻ってきた。鷲鼻イケメンの紀子の元彼。 『お待たせ』 『良太くん、次はあれ一緒に乗ろうか?』『うん!その前にトイレ行ってくる』 良太がトイレに行った。 『紀子、旦那さんにはバレてない?』 『良太ははだんだんあなたに似てきたわ。でも、アナログで、優しいあの人は大丈夫。12才の私と今のあなたを合成して、24年前の写真に見えるように加工しておいたから』
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