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キスする理由
今日はおれの部屋で映画観て過ごしませんか? と誘うメッセージを受け取った佳史は、土曜日の夜、牧瀬の部屋に遊びに来ていた。大体の週末はどちらかの家で過ごすのに、こんなふうに誘うからには何かあるのだろう――そう思いながらも佳史はいつも通りを装ってソファに腰掛け、目の前のテレビ画面を見ていた。
隣に座る牧瀬が観ようと持ってきたのは恋愛ものだった。確か去年劇場で公開されていたものだ。あまり興味はなかったが、牧瀬が観たいのであれば付き合おうと思っていた。けれど、純粋に観たいわけではないと知れるのは割と早かった。
――また、少しだけ近づいてる……
ソファの座面に置かれた牧瀬の左手が同じようにしている佳史の右手に少しずつ近づいている。おそらく、そのまま手を握りたいのだろう。こちらから握ってやってもいいが、映画よりも牧瀬の動向が面白いので放っておくことにした。佳史は視線をテレビ画面へと戻す。その横顔に分かりやすく視線が刺さるのを感じて、佳史は笑いだすのを必死に堪える。
映画はクライマックスを迎え、更にエンディングへと移る。主人公がヒロインを抱きしめ、キスをしたところで、牧瀬の左手もようやく佳史の右手を掴んだ。
――手握るのに映画一本分かよ……
好きだと追い回して、佳史の使ったものをコレクションしていたストーカー一歩手前だった牧瀬だが、こうして付き合いだしてからは、少し奥手になっていた。嫌われたくないとか、別れられたらどうしようとか考えるとそうなるのも、なんとなく分かるから、佳史も何も言わなかったが、時々やっぱりもどかしくなる。
「佳史さん」
呼ばれて隣を見やると、牧瀬が真剣な顔をして、こちらに近づく。キスをしようとしているのが分かったので、佳史は空いた左手で牧瀬の顔を押し戻した。
「ぶっ……佳史さん、空気読んでよ」
まさか止められると思ってなかったらしい牧瀬が眉根を寄せる。それに佳史が、読んだ、と答えた。
「読んだ結果、ガードした」
「なんですか、それ! ほら、映画でもしてたし、キスしたいなーって」
「思わない」
「えー? そんなはず……」
「嫌だ。俺は先に寝る」
牧瀬の手を振りほどき佳史が立ち上がると、慌てて牧瀬が腕を掴んだ。
「待って待って! せっかくの週末なんですから、そんなこと言わないでください!」
見下ろす牧瀬の顔は、まるで散歩を拒否された犬のようで、可哀そうで可愛くて、佳史はため息を吐いて元の場所に座り直した。
「ばーか」
「……なんですか、急に」
ちょっとむくれた顔をした牧瀬に、佳史はため息を吹きかけてから言葉を返した。
「素敵な映画だったね、なんだか俺も大好きな人とあんなふうに愛し合いたいな、牧瀬俺にキスして? 抱いて? ……って、言ったらそれはお前の中の模範解答か?」
一気に捲し立てると、牧瀬の顔は、図星です、と文字が書かれたかのように焦りの色を見せた。
「だ、だって……」
「だってじゃねえよ。そんな小細工しなくても、俺はお前とならいつだってキスしたいし、セックスだってしたいんだよ。理由なんかない――ほら、どうする? するのか? しないのか?」
じっと牧瀬の顔を見つめる。情けなかったその顔が驚きに色を変え、それから嬉しそうに頷いた。
「したいです!」
「どこにキスされたい?」
「えっと……されるより、おれが佳史さんの全身舐めまわしたいです!」
「ド変態。却下。この話はなかったことに……」
「しないで! 唇! やっぱり唇がいいです!」
佳史が眇めた目を向けて冷たく答えると、牧瀬は慌てて答えを変えた。それに佳史が頷いて、牧瀬に近づく。
牧瀬の顎に手をかけ、噛みつくように唇を重ねる。開いた唇の隙間から舌をねじ込み、歯列を辿って、牧瀬の舌先を絡める。舌先を強く吸い上げてから一度唇を離すと、今度は牧瀬がこちらに舌を忍ばせた。迎え入れると佳史の舌をまるで愛撫するかのように滑らかな舌先がうねる。悔しいけれど、牧瀬のキスは佳史にとって口の中全体を性感帯に変えてしまうほど扇情的だった。
上手いとか下手とかではなくて、牧瀬だから愛しいのだろう。
「もっとしたいです、佳史さん」
「いいよ、したいだけしろよ。キスだけでいいのか?」
煽るように言い、笑んでみると、牧瀬の喉仏がゆっくりと上下した。上手く煽れたかと思うとやはり嬉しい。
「今夜は佳史さんにキスだけじゃヤダって言わせます」
「受けて立ってやる」
佳史の言葉に牧瀬はキスをしながら佳史の体をソファに押し倒した。唇を離して、牧瀬が微笑む。
「愛してます、佳史さん」
俺もだよ、という言葉は牧瀬がくれる甘いキスに飲み込まれたが、きっと伝わっていると確信する佳史だった。
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