第1話 一目惚れ

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「こんにちは」 僕の隣から女性の声が聞こえた。 「うわ!」 「和樹くーん、静かにしてね」 受付にいた生徒に注意をくらう。隣を見ると、あの三年生の女性だ。 いつの間に来ていたのか、女性の前には大学の参考書とノートが置かれていた。 「君、カズキくんって言うんだね」 優しい声色。 「その小説、この前、私が借りていた本だね」 僕が今読んでいる本を見て言った。僕は何故か恥ずかしさのあまり、両手で開いているページを隠す。 「いや、あの、これは、その……」 「あははっ。カズキくん面白い子だね。別に隠さなくていいのよ? 読みたいものを読めばいいのよ」 「……あ」 風で女性の長い髪が揺れた。女性は、軽く乱れた髪を手で直した。その姿がまるで聖母のように見えてしまう。 「どうかした?」 女性は不思議そうな顔を向けてくる。 「いえ! 何でもないです……。あの、べんきょっ」 恥ずかしい、舌を噛んだ。 「ん? 勉強?」 「そうです、あの勉強の邪魔なら僕別なところに……」 「ううん、大丈夫よ。私が勝手に貴方の隣に座ったから、私こそ別な場所に」 「ここにいてください!」 もともと、静かだった図書室だがさらに静かになった。少なからずいた生徒たちの支線が痛い。 「あの、その」 「ーーーーっ」 「失礼しました!」 女性が何か言おうとしたのを遮るように、図書室を飛び出した。 図書室の方から「和樹くん?!」と、受付の生徒の声が聞こえたが、無視した。 「はずかしい、はずかしいっ」 自分の教室には戻らず、三階にある使われていない教室に逃げ込んだ。 いくつかの机が後ろに下げられていた。僕は扉を背にしゃがみ込む。 もうすぐで、昼休みが終わるのに。なのに、なのに……。 「ひっく……」 ーーーー涙が溢れ出す。 鬱陶しい涙が止まらない。側から見たら確実に女々しい奴、だと思われかも。 「ふぇっ、ひっく、情けないよぉ……」 制服の袖で涙を拭うも、涙は止まってくれない。 キーンコーンカーンコーン……。 チャイムが鳴り出す。昼休みが終わったチャイムの音だ。 早く教室に戻らないと、赤木が心配するだろうし、みんなにも迷惑かけてしまう。 それなのに、足がうまく動いてくれない。 「くそ……」 本当になさけい……。 ***** 教室へ戻ったのは、本鈴が鳴る二分前だった。目元の腫れはさっきトイレで確認したら、少し赤らんでいた。 教室には、もうみんな授業道具を出して席に着いていた。 僕も席に着いて、授業道具を出す。 「和樹、遅かったな。何かあったのか?」 案の定、赤木が聞いてきた。 「ううん、何でもないよ! 少しお腹痛かっただけ」 ベタな嘘を吐いたが、赤木は素直に「大丈夫か? 無理すんなよ?」と気を遣わせてしまった。
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