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肖像画のなかの彼女の目…その形のいいまなじりが、なにかの液体で、濡れていることに…。
いやだと思いつつ、僕はそれをまじまじと見てしまう。
それは、赤い色をしていた」
「…マジで?」
「マジだよ」
ついに出てきちゃった、ラスボス…。
ラスボスが血の涙を流しちゃったよ、ついに…。
怖さよりも先に、期待を裏切らないラスボスの正面から堂々と現れてくるスタイル、そのインパクトの衝撃がデカすぎたため、俺はただ素のまま、そんなつまんないことをつぶやいてしまった。
でも、マジだよ、と返してくれた五十嵐くんの方も、犬彦さんばりの無表情だった。
たぶん、オレの顔も同じくらい無表情だったんだろうけど。
「その肖像画は、事前に聞いていたとおり、油絵で描かれているようだった。
よくよく表面を見れば、肖像画のキャンバスはところどころ煤けたような、埃汚れがついている。
つまり、この肖像画自体は、遥か昔に描かれ、長いあいだこの場所にしまわれていたのだろう、ということがすぐに想像できた。
だから、この肖像画が実は最近描かれたもので、まだ表面の油絵具が乾いていないから、てらてらと流したての涙みたいに蛍光灯の明かりを反射させながら頬をつたって油絵具が零れている、…その、血のように見えるものが、たまたま一部垂れているとは考えられない。
そもそも、油絵具とは、こんな涙のようになめらかに流れるものなのか?
美術室で情報提供者に取材をしたとき、彼はまさに油絵を描きながら話をしてくれたんだけれど、たしか、イーゼルに立ててあるキャンバスに、ペタペタと絵具を塗りつけるようなカンジで描いていた。
もし油絵具が、もっと汁っぽいものであるなら、あのとき、だらだらと床にたれていたはずだ。
じゃあ、これはやっぱり、肖像画の流した、血の涙…なんだろうか?」
無表情なまま、五十嵐くんはまるで他人事みたいに落ち着いた声で、そう話した。
そしてとても静かに、コーラを一口飲む。
そんな五十嵐くんのようすを見ながら、俺もつられるみたいにして、自分のバニラシェイクを飲んだ。
それはだんだんと溶けはじめてきていた、ちょっとシャバシャバになっている。
当事者である五十嵐くんの雰囲気がかなり冷静なままだったからだと思うけど、怖がりな俺もまた、わりと穏やかな口調を維持してしゃべることができた。
「…それが、今回の話の最大の謎、ってことだね?
本当に『血の涙を流す絵画』が存在した…その謎を、俺に推理してほしいと」
よく、犬彦さんが大人と話すときみたいに淡々と要点をまとめて(俺とふたりだけのときは、ふざけたり面倒くさがってばっかりの犬彦さんも、人前ではちゃんとする…当たり前か)的確に内容を確認する。
それに対して五十嵐くんも、あっさりと簡潔に返事をする。
「あー…うん、確かにそう、『血の涙を流す絵画』が、その名のとおり血を流したのも不思議…不気味? なんだけど、それよりもこの直後に、もっと奇妙な出来事があったんだ、どちらかというとそっちの方について、家入くんの意見が聞きたくて」
「えっ…このあとまだ何か起きるの?(今のがクライマックスじゃないの? もっと怖いこと起きるの? ううぅ…)」
「うん、この後なんだけど…。
混乱しながらも、ジッと肖像画から流れる血の涙をみつめていると、突然、「ねえ」と女性がつぶやく声が聞こえて、僕は心臓が止まってしまうんじゃないかってくらい、めちゃくちゃ驚いた。
ほら、『血の涙を流す絵画』は、「ここは寂しい、わたしを一人にしないで…」って語りかけてくるって話があったからさ。
だけど、僕を呼んだその声は、なんてことはない、聞き慣れたあおいのものだった。
すぐ横にいるあおいもまた、肖像画が流す血の涙を、じっとみつめている。
僕は、怖がりのあおいがパニックになってしまわないか心配しながらも、情けないことに、自分自身が想定外の出来事を前にして、かちこちに体が固まってしまっていた。
そして、あおいは顔をしかめながら、こんなよく分からないことを言った。
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