3 安楽椅子探偵は、かくのごとく考察する

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 俺がそう尋ねると、五十嵐くんはどこか弱々しげな…困ったような笑顔を浮かべた。  つまり、イエス…という意味だ。  あれはいつぐらいだっただろうか、3日くらい前…?  朝、五十嵐くんが登校してきたとき、クラスのみんなが、五十嵐くんのすぐそばにいたやつらから広がるようにして、ざわついたのを覚えている。  みんな、心配そうな様子で…あるいは、まるで自分が痛いみたいに顔をしかめながら、五十嵐くんの左目を見ていた。  五十嵐くんの左目が、真っ赤だったからだ。  もっと詳しく説明すると、五十嵐くんの左目の、白目の部分がまさに血の色をして、真っ赤に染まっていたのだ。  充血なんて生ぬるいもんじゃない。  白ウサギの目みたいに、見事な赤、誰から見てもそこから出血してるのだと分かる、痛々しい赤色だった。  今の五十嵐くんの左目には、その赤が残っている。  はじめてクラスで見たときよりはマシだけど、彼の白目部分には、まだくっきりと血の色をした赤が浮かび上がっていた。  俺たち同じクラスの連中は、そんな五十嵐くんの左目の様子に、数日のあいだで見慣れてきちゃったから、もう今さら騒がないけれど、はじめて見る人は、やはりギョッとするだろうな…と感じるくらいには、赤い。  「僕の目がこうなったのは、千秋たちと『血の涙を流す絵画』の検証へ行ったあの夜の、次の日だったな。  何の前触れもなく、朝起きたらこうなっていたんだ。  朝、鏡に映る自分の顔を見て…この真っ赤に染まった左目に気づいたとき、僕は思ったんだ、この赤は、『血の涙を流す絵画』あの肖像画の女性が流していた涙…僕にしか見えなかった、あの血の涙の色に似ている、って…」  そんなことを淡々と、まるで他人事のように語る五十嵐くんからは、恐怖とか、そういう恐れの感情はなさそうに見えた。  むしろ…なんというか、あきらめに似た受け入れ…のようなものを感じた。  それを見て俺は…だめだだめだ…と自分でわかっているくせに、ちいさくため息を吐いてから、こんなことを言ってしまう。  「つまり…五十嵐くんの左目がそうなってしまったのは、『血の涙を流す絵画』の呪い的な何かなんじゃないかとか、そういうふうに思っているんだね?  そこに因果関係があるのかもしれないって…」  ああ…江蓮、だめだ、ここで口を閉じるべきだ、余計なことは言わない方がいい…。  「でも、絶対そんなの関係ないよ。  五十嵐くんの目が赤くなったのと、『血の涙を流す絵画』の怪談は、まったく関係ない。  それはただ、タイミング的に重なった二つの事象を、五十嵐くんが無意識に関連付けてしまっているだけだ、そういうのを『自己成就的予言』っていうんだって」  「へえ…!」  前回の事件で身につけてしまった余計な知識を、思わず俺がベラベラしゃべると、五十嵐くんは、赤くなってしまった左目と、ごく普通の色をした右目、その両方をキラキラさせながら、期待に満ちた視線を俺へ向ける。  痛い…その輝きに満ちた視線が痛い…。  「そもそも五十嵐くんのその目さぁ、真っ赤ですごく痛そうに見えるけど、ぜんぜん痛くないんでしょ? 俺も昔、五十嵐くんとおんなじで、そういうふうになったことあるから分かるよ、俺も朝起きたら、何にもしてないのに目が赤くなってて超ビビった、それで眼科に行ったことあるから。  でも眼科の先生が言ってた、そういうのってよくあることだって、意味もなく毛細血管が切れて、大げさに赤くなって見えるだけで何にも問題ないって、ほっとけば治るって。  五十嵐くんも病院でそう言われたんじゃない?  だから、その目のことは『血の涙を流す絵画』の件とはまったく関係ない、それに五十嵐くん、今回の不思議な出来事について、怪談だとかそういう面から捉えてないでしょ?  五十嵐くんはこう考えているね、それが何かは分からないけど、すべての謎には、説明のつくトリックがあるはずだって」    
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