3 安楽椅子探偵は、かくのごとく考察する

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 このあと、俺と犬彦さんは診察室に通されて、俺は、きちんとした手順を踏んだ診察を受けた。  なにかの監視員みたいな鋭い視線で犬彦さんが見守るなか、俺は診察用の機械の前に座らされ(なんか学校の理科室とかにありそうな、でかい顕微鏡みたいな機械だった)その機械の向こう側に座った先生から、光を当てられながら(まぶしい)レンズ越しにいろんな角度から目を診られた。  「はい、もう大丈夫ですよ、お顔を上げてください」  はじめての眼科での診察体験はわりとあっさりと終わった。  特に痛いこともされずに、まぶしい光のなかで先生からまぶたをちょっとめくられるくらいで、診察はすぐに終わる。  もう大丈夫と言われたので、俺は、それまで顔をのせていた機械から、首を離して、機械の向こう側に座る先生を見た。  先生は、俺のカルテらしきものに何やら書き込んでいる。  「これは球結膜下出血だね」  「球結膜下出血だと?」  …きゅうけつまくかしゅっけつ?  俺が何か返事をする前に、不審げな声で、俺の背後で睨みをきかせていた犬彦さんが、どこか疑うような声色で刺々しく先生に聞き返した。  すごく感じの悪い言い方なのに、やはり先生は気にする素振りを見せることなく、さらさらと犬彦さんへ返事をする。  「簡単に言うとね、白目の毛細血管が何らかの理由で切れてしまって、出血している状態のことだよ。  白目の部分が真っ赤になるから、球結膜下出血になった人はみんな驚くんだけど、よくある皮膚にできた痣と同じで、ほおっておいても自然に吸収されて消えるから、問題ない。  体質にもよるけど、毛細血管なんてちょっとぶつけたくらいで、すぐ切れるもんだから。  痛みもないし、薬もいらない、安心してくれて大丈夫だよ」  そこまで言うと先生は、よいしょと自分のイスから立ち上がると、俺と犬彦さんのいる患者側のスペースの横にある扉から、診察室を出ていこうとした。  「本当か、江蓮? 痛くはないのか?」  ここでやっと、うちを出てからひたすら無口で、これまで俺と会話がなかった犬彦さんが(犬彦さんにしては)心配そうな表情を浮かべ、心配そうな声をさせながら、俺の顔をのぞきこむようにして、そう尋ねてきた。  突然真っ赤になってしまった自分の目に、不安と恐怖で俺はパニックになっていたわけだけど、そのときになって俺は、先生からの診断を聞くまでは犬彦さんだって不安と心配でいっぱいだったんだなって分かった。  いつだって犬彦さんはクールで頼りがいのあるひとだけど、それでも不安に思うこともある、そして、それほどに今、俺のことを心配してくれてたんだって分かって、なんかジーンとした。  それで俺がどこか感動に近いものを感じながら「はい、痛みはないですし、もうだいじょうぶ…」と犬彦さんへ言いかけた…ところで、診察室を出ていこうとした先生がくるりとこちらへ振り返り、それまでからは想像ができないくらいのテンションの高さで、こんなことを言った。  「ウワーーッ! 噂には聞いていたけど、本当にブラコンなんだ!  犬くんが、そんな声色しながら優しいこと言うの初めて見たわ、コッワッ!」  「…おい、その呼び方やめろ…」  
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