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プロローグ
「それでその…いきなりこんな話をするのもどうかとは分かっているんだけど、家入くんだったら…理解してもらえるんじゃないかって、そう思ったんだ」
視線は窓のむこうに向けられているものの、そう話す五十嵐くんの顔は真面目そのもので、となりの席に座っている俺は、バニラシェイクをすすりながらも、これから重要な何かが彼から語られる…そして、それはきっと軽々しい内容ではないのだろうという予感がしたので、こちらもシャンと背筋をのばして真剣に耳をかたむける態勢に入った。
いつものようにマックの店内は人がたくさんいて、楽しげにざわざわしているけれど、そんなにぎやかな周囲の空気から切り取られたみたいに、俺と五十嵐くんの二人の席だけは、マジな雰囲気が漂っている。
俺は、ジッと五十嵐くんが話し出すのを待った。
(五十嵐くんから注意はそらさないが、俺の右手はなめらかにポテトをつまんで口へ運ぶ。だってポテトは冷めるとまずくなっちゃうから)
すると、コーラだけで食べ物を頼まなかった五十嵐くんが、黙ったままポテトをむさぼり続ける俺へ(あっ、言っとくけど、俺が買ったポテトのLサイズは独り占めしてるわけじゃなくて、五十嵐くんもどうぞってちゃんとすすめてあるんだからね!)くるっと顔を向けると、こう切り出した。
「何から話せばいいかな…そうだ、家入くん、うちの学校の七不思議って知ってる?」
「…うっ! な、七不思議? 学校の?」
…ちょっと待ってくださいよ。
誰だってそうだと思うんだけど、クラスメイトから二人だけで話したいことがあるからって誘われて、しかも『君になら理解してもらえるんじゃないかって、そう思ったから』なんてコメント付きの相談だったりなんかしたもんなら、よっしゃ! いっちょ力になろうか! なんて思ってテンションも上がるってもんだよね? 俺だってそうだよ、何か助けられることがあるならそうしたいって思うよ、だけど…だけどそれが…よりにもよって、なんで俺の苦手な怪談話へつながるわけ?
動揺から、それまで永久機関みたいに口へポテトを運んでいた俺の手はぴたりと止まり、あうあうと意味なく口をもごつかせてしまう。
けれど五十嵐くんの方は、ありがたいことに、そんな俺の不審っぷりを別の意味に解釈してくれたみたいだった。
「ああ、そんなの家入くんは興味ないだろうから知らないよね、高校生にもなって、学校の七不思議だなんて。
だけど…ぼくたちには重要なことだったんだ。
そして、ぼくのこの目は…」
そう話しながら、俺へと再確認させるためみたいに、五十嵐くんは正面からまっすぐに俺の顔を見た。
そして俺も五十嵐くんの顔を見る。
特に、五十嵐くんの左目を。
痛々しいくらいに真っ赤に染まった、五十嵐くんの赤い目。
「ぼくのこの赤い目は、学校の七不思議のひとつ『血の涙を流す絵画』のせいじゃないかって、…そう考えているんだ」
…やばい、やばいやばいやばいやばいやばい…!!
なんかやばいワードきちゃった!!
なに『血の涙を流す絵画』って!!
怖っ!! 詳細をまだ聞いていなくても、そのワードだけですでに怖いんですけど!!
「これはすごく不思議な話なんだけど、ぼくじゃどれだけ考えても、あの不思議な謎は解けないんだ。
だから家入くんに聞いてほしくて…家入くんだったら、この謎が解けるんじゃないかって思ったから」
「あ…あのさぁ、ぜんぜんいいんだけど、あのさ、なんで俺だったら、その…『血の涙を流す絵画』の不思議な謎? が、解けるだなんて、そう思うの?」
のろのろとポテトを食べはじめる動きを再開しながら、内心、怖い話にビビっていたことが五十嵐くんにバレなくてよかったと安堵しつつ(怖い話が苦手だなんて情けないこと、クラスメイトに知られたくないから)俺がさりげなくそう質問すると、五十嵐くんはにっこり微笑みながら、なんと…こんなことを言ったのだ。
「だって家入くんは、難事件を解決するすごい名探偵なんでしょ?
ぜんぜん知らなかったよ、家入くんが探偵してたなんて」
あああぁあぁぁぁあああぁあああああぁああぁぁぁぁっ…!!!
うわぁぁぁあああぁあぁぁっっ!!!
…そんな俺の心のなかの絶叫は、ここがマックじゃなかったら、口から実際に出ていたことだろう。
もういやだ、なんでこんなことに…。
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