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「では、その通りにします」
なるべく優しく、責めた口調にならないように、声を布団に落とす。
「また次の水曜日に」
「……」
まい子の返答はない。
「えっとあの……ちゃんと食べてくださいね」
「……」
泣いている彼女をそのままにしておくのも気が引けたが、まい子のことだ。自分があの場にいる限り、意地でも布団から出てこないだろう。
そう判断して、ノブモトはそっと窓を開けた。念のため、周りに人の目がないか確認する。
「まい子さん、戸締りだけお願いします」
返事の代わりに、鼻をすする音がした。
小さく息をついて、ノブモトは窓辺に腰を掛けた。ひょい、と長い足を外に投げ出す。
窓の下に残していた靴に足を差し入れて、草むらに降り立った。音を立てないようにゆっくりと窓を閉めた。ガラスの向こうの布団はまだ動かない。
「おやすみなさい、まい子さん」
そう言い残すと、ノブモトは窓に背を向けた。
瞬間、背中から脳にかけて、妙なしびれが走った。
「!?」
顔が熱い。心臓がドクドクなって指先に力が入らない。
この世に誕生して100年近く、初めての感覚だった。
「何だこれ」
体に異常が起きているのかと思った。しかし、人の感情ありきで生まれた彼は、この正体が何なのかわかっている。
「神にこんな感情を備えてどうするんだ……」
眼鏡を取り、反対の手で目をおおった。まぶたの裏に、まい子の顔が浮かぶ。耳に声が、手には彼女の感触が、鼻には髪から漂う甘い香りが。
「んんっ」
目を開けて、眼鏡をかけ直した。空を仰いで、まばゆく輝く星たちを見つめる。
「次の水曜日……」
小さく口が動いた。
自分は一体どうするべきだろう。
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