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この話を彼女にしようと思ったとき、浮かんだのがこの場所だった。
「もう終わりです。実験と言いつつ、私が寂しさ紛らわすためにしていたこと全部、ケリをつけました」
ノブモトはふふんと笑った。
「今、何だか体が軽いですよ。やはり、あの時の私はどうかしていたんでしょうね。クニモトも言ってました、顔が怖かったって」
体をひねって、部屋の中に向けて話しかける。
「これからは、本業の傍らで空いた時間を、その――あなたに使いたいと思うんですけど」
カーテンがふわっと揺れた。
「使うと言うと大げさですが……要は、たまには会いに来ますってことです。まあ、私の自己満足なんですけどね。やっぱり――まい子さん、あなたを失った悲しみはそう簡単に消えませんよ」
部屋からは、何も返って来ない。余計に、寂しさが増した。
「まい子さん……会いたいです。あなたの声が聞きたい」
ノブモトは窓から草むらに下りると、少し壁から離れた。晴れた空を仰ぎ、両腕を広げる。
ふわり、とバラの花が1つ宙に浮かんだ。もう1つ、また1つ。
「あなたは読書が好きでしたね。何度も繰り返し読んで、内容を私に教えてくれたこともあった。だから……あの時の花言葉もきっと全て覚えているでしょう」
ぽわぽわ浮いたバラの花は、全部で365。
『あなたが毎日恋しい』。
「あの時は……水曜になれば会えるってわかってたから。ただそれだけですよ。今も昔も変わりません」
バラの赤がにじんでぼやけた。何度か瞬きをしたら、目のかすみは雫になってこぼれ落ちていった。
「すみません、まい子さん。こんな私で」
どうしても、気持ちが彼女から離れられない。向き合えば苦しいとわかっても、彼女の存在を隅に追いやることができない。
胸が痛い。いつかは、1つの想い出として落ち着いてくれるのだろうか。
「50年……いや、100年かかっても難しいな」
ノブモトは首を振った。ふっと、両腕を下ろす。
バラが1つ、また1つ消えていく。
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