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薄汚れたリングを受け取った男は、無言で私を睨みつけた。その後、強い力で私の骨のような腕を引いてどこかへと歩き出す。数十分会話のないまま歩き続けて到着したのは、小さなアパートだった。人気のない場所に建てられたそれは、誰も住んでいないのかと思うほど静かだ。
……ここで殺されるんだな。
私はそう思って期待していたのに――……
「触んないで変態」
「誰が変態だクソガキ。俺はガキの裸体になんざ興味ねーよ」
無造作に伸びた私の灰色の髪を洗う男は、苛立った口調で言った。街で盗みを働いた時に嗅いだ果実のような甘い香りがするこの場所は、たぶん風呂というやつだろう。何故私は、この殺し屋の男に風呂に入れられているのだろうか。
「流すから目瞑っとけ」
男がそう言うと、温かいお湯がかけられた。体中についた白いモコモコが流れると、汚れがいとも簡単に流れ落ちた。しかしそのお湯は、肌に刻まれた傷には優しくなかった。
「いたっ、染みる……」
「我慢しろ。後で手当てしてやる」
男は手際よく私を風呂に入れると、柔らかいタオルで体を拭いてきた。「変態」と再び口にすれば、頭を軽く小突かれた。
少し皺のついた男物の服を借りて、私は意外にも整頓された部屋に案内された。男物の服だからか、だいぶサイズが大きい。お金持ちの子が着ていたワンピースみたいだ。
「おら、食えよ」
男は何かの乗ったプレートを机上に置いた。小さな机の上に並んだのは、私からしてみれば喉から手が出るほど欲しかった食べ物の数々だった。温かいにおいを思い切り吸い込めば、腹が大きな音を立てた。
「これ、本当に食べていいの?」
「食べていいから出してんだろ。それともあれか、毒でも入ってると思ってんのか?」
「それならそれで満足」
「ったく、可愛げのねぇガキだな」
涎が零れそうなのを堪えながら答えれば、男はフォークでサラダを乱暴に刺した。パリッとレタスの弾けた音がした。私もそれを真似るように、目の前に置かれたスプーンを手に取った。初めて持ったスプーンは、少しだけ重く感じられた。
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