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夢を見る
熱で意識が朦朧とする中で、何故か思い浮かんだのは君の顔だった。
君が俺とは違うことは、初めて会ったときからわかっていた。
君の背中には羽が生えていたし、空を飛んでいたし、何より掌に乗るくらい小さかったから。
人間ではない「何か」、普通の人間には見えない「何か」を、俺は見ることが出来た。
周りのみんなには見えていないんだと悟ったのは、十歳にも満たない頃だったと思う。
その頃から、みんなにも見えているものと俺にしか見えていないものの分別がつくようになっていった。
時折いたずらまがいのことをされることはあっても、不思議と生活に害を及ぼすようなことは起こらなかった。
ただ、自分とは違うそれらと意思疎通が出来た試しはなかったから、一体何を考えているのか、何者なのか、ずっと分からずじまいだった。
きっと、だからだと思う。
君と話す時間が、俺は楽しくて仕方なかった。
もちろん初めは驚いた。
君の言葉が理解できることに、俺の言葉を理解してくれることに。
今まで投げかけても返ってくることのなかった問いに、答えが返ってくるというのは本当に嬉しかった。
君は俺が知らないことをたくさん知っていて、君が知らないことを俺が知っていることもあって。
話をするたびに、俺たちの距離はどんどん近くなっていくような気がしていた。
でもお互いに知らないことがまだまだあるはずで、これからもたくさん話をしようと思っていたんだ。
楽しい時間を一緒に過ごせると、思っていた。
こんな熱に浮かされながらも君のことを思い出すということは、たぶんこれは心残りなんだろう。
頭はボーっとしているし、吐く息が熱いのが自分でもわかる。
ずっとこんな状態だから、いよいよ視界ももやがかかったみたいにぼやけてきている。
耳はまだ辛うじて聞こえているけれど、きっとすぐに聞こえなくなる。
誰かが俺の名前を呼んでいて、すすり泣くような声が響いた。
泣くなよ、大丈夫だよ、と言ってあげたいけれど、声を出すことももう難しい。
それに、もう長くはないことは自分が一番よく分かっていた。
視界はぼやけていても、頭の中で鮮明に今までの思い出が浮かんでは消えていく。
その中にはもちろん、君と出会ってからの思い出もある。
風に吹かれて、心地いい音を立てて揺れる桜の木。
花びらがヒラヒラと舞って優しく微笑む君の姿に、俺は最後の力を振り絞った。
「・・・・たい」
「え?どうした?」
「さく、ら・・・みたい」
季節は冬の入り口まできていた。
何日か前まで赤く染まっていた葉っぱは枯れはじめ、あちこちで山肌が目立つようになっているはずだ。
桜が咲くような季節ではないことは、十分わかっていた。
それでも最後にどうしても、あの景色を見たかった。
君に会いたかった。
俺の周りを囲んでいる人たちは、きっと哀れんだ目で俺を見ているのだろう。
熱でとうとうおかしくなってしまったのかと、嘆いていることだろう。
せめてまだ体を動かすことができたなら、自分の足で外へ出られたのに。
俺の体は言うことを聞かず、鉛のように布団の上に横たわっているだけだった。
しかし急に、俺にも羽が生えたのかと思うくらいに、フワッと体が起きあがった。
「ちゃんとつかまってろよ、今連れて行ってやるからな」
辛うじて聞こえてきたその声は、兄弟同然に育った幼なじみのものだった。
俺より一回りも体が大きくて力も強くて、熱のせいで力の抜けきった重い俺の体をひょいと持ち上げた。
きっと届くことはないだろうけど、俺は何度もありがとうを言った。
「ほら、ここでいいか?お前の定位置だっただろ」
そう言いながらゆっくりと降ろされた場所は、視界ではもう判断できなかった。
でも背中から伝わる感触で、俺の大好きで大切な場所だとわかった。
この木の幹にもたれながら見る村の景色が、俺は大好きだった。
いろんな花が鮮やかに色づき、青々とした葉が生い茂る森は太陽の光でキラキラと輝き、頭をたれた稲穂は辺り一面を金色に染め、気持ちよさそうに風に揺れる。
春になれば綺麗な桜を咲かせるこの木の根元が、俺の大切な場所で。
そしてここで、君に出会った。
まるであの時と同じように、右肩がじんわりと温かい。
見えなくても分かる、君が傍にいること。
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