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「・・・死ぬの?」
残念ながら、もう本当に残された時間は短いみたいだ。
「死ぬってことは、ここからいなくなってしまうの?」
そうだね。だから、君と会えるのもきっとこれが最後だ。
「じゃあこれからは、誰が私の話し相手になってくれるの?」
いつになるかはわからないけど、また誰かが君のことを見つけてくれるよ。
「海を見に行く約束だってしてたのに」
それはごめん。
まさかこんなことになるなんて、思ってもいなかっただろ。
俺も、君も。
あぁ、死にたくないな。
どうしようもないことはわかってるんだ。
それでもまだ、心のどこかでどうにかならないかって考えてる。
一緒に海にだって行きたかった、本当だよ。
このままじゃ俺は海を知らないまま死ぬことになる。
他にももっと知らないことや見たことないものが山ほどあっただろうし、やりたいことだって沢山あった。
それなのにもう、何一つ叶わない。
すごく悲しいし、寂しくて辛くて苦しい。
だからこの心残りを一つ、君に託していってもいいかな。
俺の代わりに、海を見てきてほしい。
抜けがけはダメだなんて言ったけど、あれは撤回するから。
噂に聞く黄金に輝く海とやらは、一年に一度しか見られない貴重なもので、呼吸を忘れてしまうくらい美しいらしい。
海を知らないと言った君の、初めての海の記憶はそれくらい綺麗なものであってほしいと思うんだ。
そして出来るなら、友と呼べるような存在が君の傍にいてくれたら、君を気にかけてくれるような誰かがいてくれたらと願って止まない。
「自分勝手もいいところだ」
本当にその通り。
人は死ぬ間際、随分と自分勝手でわがままになるらしい。
いつものことだと君に言われてしまうかもしれないけれど、これだけは許してほしい。
君をひとりぼっちにはしたくないし、寂しい思いをさせたくない。
せっかく楽しいと思えたその感情を、いつまでも持ち続けてほしいから。
もう俺には、自分勝手に願うことしかできないんだ。
勝手ついでに、もう一つ。
最後に君が咲かせる桜が見たかったな。
ゆっくりと沈んでいく意識の糸は、いつ切れてもおかしくない状態だった。
ふと閉じているまぶたに光が差した。
星が降るような光につられて目を開けると、冬の入り口とは思えない光景が広がっていた。
満開の桜があちこちに咲いている。
見上げるとまた視界は桜色一色で、風もないのにヒラヒラと花びらが舞い落ちている。
ここはすでに夢の世界なのかと思ったが、すぐにその考えをかき消した。
こんなことができるのは、一人しかいない。
季節はずれにこんなに桜を咲かせて怒られやしないかと少し心配もしたが、俺の声が届いていたのかもしれないと思ったら嬉しくなった。
優しく温かい景色に包まれて、俺はゆっくりと眠りについた。
「そろそろ時間だね」
「うん」
まずは情報収集から始めなければならないと思っていたが、黄金に輝く海が南の方にあると話すと、ユールがその場所を知っていた。
仕事で行った先で、そんな海の話を噂で聞いたことがあったそうだ。
彼が死んでしまってからここにたどり着くまでに、かなりの時間が経ってしまったけれど。
やっと約束を果たせる日がきたのだ。
一見すると、何の変哲もない海だった。
元から綺麗な海ではあるようで、底が見えるくらいに海水は澄んでいた。
まだ日が沈み始めるには少し早い午後3時。
それはまるで誰かが筆で色を塗っているようなスピードで、水平線上に浮かぶ太陽が赤く染まっていく。
そしてその色を反射して海面も赤くなるはずが、目の前に広がっているのは金一色。
何とも言えない不思議な光景だった。
ただ一つ言えるのは、とても綺麗だということ。
私の目を通して、彼にこの光景が伝わっていればいいな。
そんなことを思いながら、目に焼き付けるように瞬きも忘れて、キラキラと揺れる海面を見つめていた。
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