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約束
「めぐ!」
私は一人で帰り道を歩いていると、ふと誰かに肩を叩かれた。後ろを振り向くとそこには私の親友が息を切らしていた。
黒く切りそろえた髪に、ふっくらとした顔、私が良く知る折原りかこだ。
昇りきった白い太陽の光が、彼女の可愛らしい笑顔を映している。
「部活は早く終わったの?」
私はりかこに訊ねた。
りかこは演劇部に所属し、私こと野口めぐみは帰宅部である。
「まあね、最近学祭が終わったからうちの部はまた自由モードに戻ったんだ。部活はあってもテキトーに済ませてきた。
そして早く帰ろうとした矢先にめぐにあったんだ」
「りかこの部は普段はいい加減ね、それでよく素晴らしい演劇ができたわね」
私は頭の中で、りかこが演じていた劇のことを思い描いて話した。
学祭で舞台に立っていた時のりかこは、演技や台詞なども完璧で非の打ちようも無いほどに上手かったから。
最近は学祭という目的を失ったためか、りかこのようにサボる人間の方が多い。
「ウチの部はやる時はやるのはめぐだって知っているでしょ? ほら、よく言うじゃん火事場の底力って奴!」
「馬鹿力でしょ?」
「そうそう! それ!」
りかこは笑いながら自分の言葉を訂正する。
彼女は小さい頃から言動を良く間違えることがあるが、そこも彼女のチャームポイントとも言える。
私はりかこと一緒に、いつも通っている通学路を歩みながら会話を交わした。論点は話題は明日のテストに関すること。
「明日は数学のテストか、私、数学苦手だわ」
私は下に目線を向けて溜息混じりに話した。数学は私が最も苦手とする科目。そのため帰ってからは、すぐさま机に向って数学の勉強をしなくてはならない。
図形と数字の羅列文字は生理的に受け付けない。
「めぐはいつも赤点ギリギリだもんね、あたしも明日付き合ってあげるから一緒にがんばろーね」
りかこは私の肩を軽く叩いた。言葉通りりかこは数学が得意だ。どうしたらあれだけおかしな数字と図形を覚えられるのだろうか?
折原りかこと私は幼稚園の時から一緒で、私に欠けている部分があればりかこが支え、りかこに欠けている部分は私が補っている。そう今のように。
「りかこが数学好きで良かったよ」
私は心を込めて言った。するとりかこは含み笑いを浮かべた。
「めぐが数字音痴なんて面白いね、あたしはてっきり算数ができるかと思ったけど、かけ算を覚えるのだって苦労したしね」
記憶に埋もれていた恥ずかしい過去を掘り起こされ、私の全身は熱くなり、私は笑うりかこに反論する。
「その話はやめてよ、恥ずかしいから」
「いいじゃない、めぐと築いてきた思い出話を語らせてよ」
その言葉を聞いて、私は足を止めた。りかこの口からそんな話を聞くとは思わなかったから。
冬の冷たい空気が私の肌を刺すが、心の中には彼女と別れる寂しさが溢れ、気にならなかった。
りかこは一週間後には私の隣から姿を消してしまう、彼女の父親が転勤する関係で引っ越すのだ。かなり遠い所に行ってしまうため簡単に遊びに来られない。
最初に引っ越すことを告げてからは、私もりかこも話すのを避けてきた。その話題に触れるのは、別れの悲しさを誘発するからだ。
しかし、別れが近くなるにつれて、りかこの口からは過去の話がよく出たり、りかこの表情は寂しさを増している。
「あと少しだね、りかこと話せるの」
私は重い口を開いた。りかこだけじゃない私だってあなたと離れるのは寂しいよ、今になって急に離れ離れになるなんて……
幼稚園、小学校、そして中学二年の今に至るまでりかこ抜きの生活なんて有りえなかったのに、どうして神様は酷い悪戯をするんだろうね。
単なる親の転勤だけで、昔からの友達と別れるなんて正直嫌だ。
りかこと一緒に受験を乗り越えて高校生になって、大学生になって、成人式を迎えたかったのに。
「そのことなんだけど」
暗い気分になっている私の前で、りかこは背負っていたバックを降ろし、中をまさぐり、白い紙切れを私の前に出した。
「今度の土曜日映画を見に行こうよ、引っ越す前の最後の思い出作りにさ」
私はりかこから見せられた白い紙切れ……いやチケットを眺めた。
タイトルは「いつまでも歩いていきたい」映画の紹介文と、男女が手を取り合っている部分からして、りかこが好きな青春映画のようだ。
最後の最後までりかこらしい。
「面白そうだね」
「でしょう? ダイジェストを見たら今までに無い物語の展開が見物だから、期待していいよ」
りかこは私が目にしていた男女に指を当てた。彼女の表情は生き生きとしている。内心は本当は寂しいのだろうが、私との時間を大切にしたいのは昔と変わらない。
私は映画を見に行くのが今から楽しみになった。
映画の内容よりも、りかこと一緒に行けることの方が何よりも嬉しかったから。
この時ばかりは、明日行われる数学のテストなど忘れていた。映画に行った後の食事や、ショッピング巡りなどの話に花が咲いたためだ。
しかし、この先起こる出来事など、私は知らなかった。
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