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「佐々原さんってさぁ、独身なんでしょ?」
「うぇ!? そーなんすか!? だって……」
同期の須藤明美は、酔うとデリカシーがなくなるみたいだ。
いや、別に触れないでほしかったわけではない。どちらかというと、触れないほうが気味が悪いと思う。
ただ、日中ずっとしていたのに今まで一切それを話題に出さず、飲み会になって初めて口にするということは、つまりそういうことなんだろう。
そして彼女のデカい声で、情報が隣の新人、関田憲太郎にまで広まる。
隠しているわけではないけど、最近は話がこじれて面倒だからあんまり言わないようにしてたのに。
「そう! そうなのよコイツそうなのよ! でぇもそれなら何で指輪付けてるの?」
須藤は、私の左手の薬指にはめられている、白色金の指輪を指す。
「はぁ……須藤さんには何回も同じ説明してますよね? 少々事情があって、恋人とは事実婚なんです。法上は独身でも、独り身ではないんですって。」
と、不意に指輪に視線を感じる。関田君だ。何やら不思議そうに見つめている。
「どうしたの? 関田君。そんなにまじまじと見つめて……」
「いや……その指輪、良く見ると知り合いのつけていたものに似ているなぁ、と思いまして。」
「気のせいじゃないの? 似たような指輪なんてたくさんあるわよ。」
「ですよね。だってその人……」
……だもの。
「じゃあさじゃあさ、その恋人っていうのを誰にも見せないってのはなんで?」
「……別に、見せびらかすものでもないでしょう? それに、事情があって色々とややこしいので。」
「えー、でもでもっ! 佐々原さんって二つ上だと思えないくらいすっごい美人でくーるびゅーてぃーじゃん! そんな人の心を射止めるのがどんな人なのか、気になるよー! よねっ、関田君!」
「え!?……あぁ、まあ、はい。」
ガヤガヤとした店内でもよく響き渡る須藤の声に、関田君はちょっと押され気味である。
ごめんね、関田君。いや、私が謝ることなのかわからないけど。
「須藤さん、関田君が困っているじゃない。あなたはたまに強引なんだから、ちょっとはその自覚を……」
「私の話じゃないんだよ! 佐々原さんの話が聞きたいんだよ! 写真は無理でも、なんかこう、特徴とか性格とかエピソードとかでいいから! ……ここだけの話、本当は彼氏なんていないんじゃないかって、ちょっと噂になってんのよ。」
うん。今のはホントにデリカシーなかったかな。
まあ、彼氏がいないっていうのは間違いでもないのだけれど…
「ゆーみー、ただいまー。遅くなってごめんねー。」
「おかえりー、ちょっと早かったね。」
二次会を断って、そそくさと家に帰る。
恋人はもう寝ているかと思ったけれど、起きて待っててくれていた。
「あ、そうそう。そういえばさ、この前中学の同窓会に行ったって言ったじゃない? 言うの忘れてたんだけどね、彩香と同じ会社に入ったって人がいて……」
「あー、もしかしてそれ、関田とかいう名前じゃなかった?」
「えー! なんでわかったの!?」
正直ただの勘だったが、どうやら図星だったらしい。
女の人だから……か。
そういえば須藤が、「その事情ってのが解決したら、結婚する気はあるの?」みたいなことを言っていたのを思い出す。
解決したら……解決……
「ねぇ、由美。」
「なぁに?」
今見つめている愛おしい彼女は、まぎれもなく私の、人生を誓ったパートナーだ。
けれど私は、『独り身』のまま。
「法律って、どうやったら変えられるんだろうね。」
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