黄昏色の獅子と少年王

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答えはすぐに決まった。 「助けて、くれ」 少年王は小さな声で懇願した。 黄昏色の獅子と名乗った化物は目を細めると天を仰ぎ空気が震えるほどの咆哮をあげた。 空気は震え、熱風が竜巻のようになって巻き起こり、火の粉が爆ぜる。 思わず目を瞑った少年王の耳にキキャッと甲高い猿のような声が聞こえた。 「呪いの正体は彼奴だ」 何か黒い、人のようなものがその熱風にからめとられ石の床へと落ちた。 少年王が目を開けると、体は影のように黒く、薄汚れた髪を乱した異形が虫のように這いずっていた。 人ならざる者の叫びが響いた。がばりと四足で起き上がったそれの口は耳元まで裂けて、赤黒く濁った目を光らせる。 少年王はあっと声を上げた。その異形の身に纏う服には覚えがあった。つい最近、神官として迎え入れた魔女の女のものだ。 「石の魔女神(ジンニ-ア)を呼びこんだせいで、国はこの様相になったのだ」 石の魔女神。少年王は黒檀色の瞳を絶望に染め上げた。 魔女神なんて強い魔物、どう倒せというのだろう。一千の兵でも勝てはしない。 しかし獅子は何ひとつ怯むことなく魔女へと首を巡らせた。 「この手合いは殺せばよい」 キイィと鋭い歯を剥き出しにする魔女は明らかに獅子へ対し敵意と警戒を抱いていた。 魔女は獅子へと飛びかかる。しかし獅子は動じることなく吠えた。 そして、ほんの一息の間に魔女の体を八つ裂きにした。魔女の腹は裂けて辺りに黒い靄のようなものが拡散する。 魔女は千切れた体で逃げようとしたが、その背後からあの黄昏色の炎を吐きかけられぼんと爆裂した。 断末魔をあげて燃えていく異形。 焼けた肉の臭いと悲鳴が少年王の体を震わせた。 獅子は燃えた魔女の体に容赦なくまたがり、鰐のように大きな口を開けてその肉を貪った。ぼきぽきやじゅるじゅるといったおぞましい音が響く。 獅子は魔女の肉片をぺろりと平らげると、少年王へと向き直った。 言葉が出なかった。 目の前の獅子はまごうことなき化物だった。それも、一国を呪える力を持つ魔女すらも圧倒するほどの恐ろしいもの。 「我は厄災の化身、いくつもの国や文明を葬ってきたか知れぬ。あの程度の魔女たやすいことよ」 「なんということだ」 「半日も経てば全てが元に戻ろう」 少年王は後悔をし始めていた。私はとんでもない過ちを犯したのではないのか。 獅子は少年王の心を見透かしたように唸った。 「怖気づいたとて汝は既に選んだのだぞ」 すると獅子の尾である三匹の蛇がまだ人肌の柔らかさを残す少年王の首へと食らいついた。 咄嗟に悲鳴を上げたが、痛みはさほど感じなかった。 ただ血液と共に何かが己の体を通り、蛇たちにぐきゅりと飲み干されていく。石になっていた体の感覚が徐々に戻ってきていた。 「約束だぞ」 獅子の声がする。 「違えるな少年王、約束だ」 国を捨て、共に来るのだ。 少年王はゆっくりと立ち上がって獅子を見た。 「王である私に、国を捨てよと申すか」 「汝はもう我のものだ。我と共に生き、その命消えるまで寄り添え」 獅子が鋭い爪を持った前足を差し出した。 少年王は鳥肌を立てて己の体を抱きしめた。こんな化物に身を受け渡すなど。 少年王が躊躇っていると獅子は目をぎらぎらと光らせ苛立った声を出した。 「おのれ、迷うか」 獅子の牙の間から炎が漏れ出た。 「ならば我の息吹でこんな国は燃やし尽くしてくれようぞ」 少年王はさっと顔色を青くさせ、床に平伏し彼の前足に口付けを落とした。 「許せ。どうか連れていってくれ」 獅子がぴたりと炎を止めた。 少年王は冷たい汗を流しながら安堵の息を吐いた。立ち上がり、コブラを象った金飾りや大小様々な宝石が散りばめられた王冠を厳かに外した。 そして玉座の傍らに控える、未だ石化の呪いが解けきっていない姉の頭にその冠を乗せた。 少年王はそのまま獅子の前へとゆっくり歩み寄り、震えながら膝をついた。 「約束は守る、化物とはいえ救ってもらった恩を返すべきだ」 「本当に恩を感じているのならば、我を化物と罵るのはやめることだな」 「…獅子でよいか」 獅子は咆哮を上げ、少年王の体をぐわっと咥えあげる。 少年王が叫ぶよりも早くあの熱風が体を包み込み、獅子と少年王は灰色の石の国から姿を消した。
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