黄昏色の獅子と少年王

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浴槽の湯が大きく波立った。 「暴れるな」 抵抗する少年王に、後ろ足だけで立ち上がった獅子がどっかりのしかかる。人の身の何倍もある体に上から抑え込まれてしまえば抵抗という抵抗すら出来なかった。 ぬるりとした舌に背中を舐めあげられ肌が粟立つ。少年王は青ざめ、歯を鳴らすほどに震えた。 獅子はそんな彼を背後からしっかりと抱き込み、至る所を肉厚の舌で嬲った。 「さ、触るな」 「交わりというものがしてみたいのだ」 「やめろ…っ!」 股の間から尻にかけて舐めあげられる感覚に少年王は恐ろしくなり首を振った。 「離してくれ…!」 懇願したが、獅子は一向に聞き入れなかった。少年王はとうとう泣き出して拒絶の言葉を伝え続けた。 しかしそれも狭い蕾に押し付けられた異物によって止まる。 「あ、あ、そんなの無理だ」 少年王は引き攣った哀れな声をあげた。 次の瞬間、皮膚を裂いて入ってきた獅子に絶叫した。股から体を真っ二つに裂かれるような痛み。言葉ではとても言い表せられないほどの恐怖だった 元より受け入れる作りには出来ていない男の体。そして人間のものとは異なる大きさを持った獅子の魔羅は、言うでもなく少年王の体に傷をつけた。 女の破瓜のように股の間に流れ落ちる血が湯の中に渦を作っては溶けた。 「いた、痛い、嫌だ!」 それでも獅子は止まることなく少年王の身体をいいようにした。地鳴りにも遠雷の音にも聞こえる唸り声が耳元で熱を持ち、より一層激しさを増す。 体を責める激痛に、少年王はいつの間にやら気を飛ばしてしまっていた。 目を覚ました時には寝台にいた。 重たい意識が水面に上がるようにゆっくりと浮上してくる。 見慣れた天蓋飾りに天井、窓から見える日は既に高い。何故寝台の中で横たわっているのか分からずぼんやりとしていると、自分の枕が妙に温かいことに気がついた。 呼吸と共に上下するこれは何かの毛皮だ。 「う…」 「起きたのか」 「、ひッ…!」 べろりと頬を舐められ、頭の一点にかき寄せるようにして記憶が蘇った。 自分が今の今まで枕にしていたのはあの獅子の体だった。四つの眼を見た途端、曖昧な意識が覚醒する。 少年王は起き上がると寝台の布に足を取られながら逃げ出そうとした。 けれどもそれは鞭のように足に巻き付いた獅子の尾―…蛇によって止められた。倒れ込んだ少年王は蛇に手を伸ばしたが、それは足をきつく締め上げるばかりで離れてはくれなかった。 獅子は寝台の上でゆったり伏せたまま、睦言でも交わすような声色で話しかけてきた。 「具合はどうだ。まだ痛むか」 少年王ははっとして自分の体に触れた。痛みがない。 股に伝うほど血を流したというのに、その裂傷は綺麗さっぱり無くなっていた。どこを触れても傷という傷は見当たらない。 「…どうして」 「変化は矯正されると教えたであろう。汝の身も既にこの都の理に組み込まれておるのだ」 愕然としていると、少年王の両足に更に蛇が二匹と巻きついた。 「おいで」 そのままずるずると獅子の元へと引き摺られ、記憶の中の恐怖が再び襲ってくる。 無理やり開かされた股ぐらに獅子の鼻先が突き込まれ、少年王は息を詰まらせた。 「治るとはいえ…傷ませてすまなかった。次は上手くやる」 次。 足元から体が崩れていくのを感じた。 獅子はこれから毎晩のように自分を手篭めにするだろう。少年王はそう確信していた。 これからは獅子の唸り声や足音に常に恐怖する日々を過ごすのだ。 痛みと屈辱を幾度となく味わい、どれ程体が傷んでも次の日には全てが治ってしまう。 絶望に揺らぐ視界の中、己の身に伸し掛ってくる獅子の姿が映った。悲鳴は真っ赤な口に飲み込まれた。 「あう、ぁ゛ッ、嫌だ、ぁ」 寝台がぎしぎしと軋み、獣の吐息が襲いかかる。 ずっとこれが続くのだ。この都にいる限り責め苦は永劫に続く。 ―――あの時、生に縋るべきではなかった。 生気を無くした少年王の黒檀の瞳から涙が零れ、繻子に染みを作った。
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