黄昏色の獅子と少年王

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黄昏色の獅子と少年王

「我の番になると誓うなら助けてやろう」 たてがみがゆらゆらと揺れて唸った。 「半身が石となったその姿でも我が声は聞こえるだろう、口も利けるであろう。人の世の少年王」 かつては美しい黄金の国だった。黄金の国を襲ったのは、地までをも蝕む深い呪い。 人も家畜も水すらもが次々と石へと変わり、国は恐怖と混沌に包まれた。 君主であった聡明な若年の王は、突然にこの国を襲った呪いの力に成す術もなかった。宰相も神官ももはや石像と化し、誰一人として息をする者はいない。 王座の前に倒れた少年王の体にも既に石化が始まっていた。 少年王は嘆き、掠れた喉で怨嗟に近しい詩を歌った。 諸人の声は閉ざさりて 黄金は石へと朽ち果てん 誰が救うか石の国 逃れられぬこの憂い これが運命というならば 我が身は死を願うのみ 我が身を救うは眠りのみ さめざめと涙を流す彼の歌に寄せられるように何かが現れた。風すらも死んだはずの国に、ごうと砂塵と共に熱風が吹き荒れる。 伏せた王子が黒檀色の瞳を向けた。 はっと息を呑む。 辺り一面冷たい石と化した玉座の間に佇む獣。 それは獅子のような容姿をしていたが大きさは一回り二回りも大きく、尾は三匹の蛇で出来ていた。二つの目の間、ちょうど眉間の辺りに巴旦杏の形に良く似た小さな目がもう二つ。計四つの目を持っていた。 何よりも少年王を驚かせたのはそのたてがみの色だった。根元は青く、毛先に向けて赤くなるその毛色は黄昏の色だと思った。 「汝、死を望むか」 低く、だが頭に鈍く響くような声だった。獣は唸り声と共にたてがみと同じ黄昏色の炎を噴き出していた。 ――化物。 少年王は突如現れた異形のものに恐れ戦いた。だが、すぐにそれも止めてしまった。 国も民も王である己もこのありさま。今更何を恐れる。 これはきっと死の使いだ。私の嘆きを聞き、神が遣わしてくださったのだ。 足元からぱきぱきと肉体が石へと変わる音が聞こえる。 死よいざ来たれと願っていると、化物は炎を吐きながらもう一度問いかけた。 「死を望むのか?」 少年王は閉じかけた重たい瞼を押し上げた。 気付けば、化物はその荒い鼻息が少年王の耳にはっきりと聞こえる距離までに近づいていた。 「その若き身空、ここで潰えるには惜しいものだと思わぬか」 何を言うのか。この化物は。 恐怖よりもどうにでもなれという気持ちの方が強かった。少年王はまだ動く喉を動かした。 「…死ぬよりほかの道はない」 「我に従うならばこの国を蝕む呪いの力、消し去って見せようぞ」 なに、と呟いた少年王の声は震えていた。 化物は黄昏色のたてがみを揺らした。そして静かに言った。 ―――我の番になると誓うなら助けてやろう。 少年王は目を見開いて嫌悪したような表情を向けた。 「この私に、貴様のような化物の番へ身を落とせというのか」 「化物とくるか。まあ何でもよかろう」 「貴様こそがこの国を滅ぼしたのではないのか、私を唆し、国を奪おうと…」 「たわけが!」 轟音と共に炎が辺りに巻き散った。 不幸中の幸いか全てが石となったこの場には炎が燃え広がることはなかった。 獅子はぱちぱちと爆ぜる火の粉を纏って唸り声を上げた。 「このような陳腐な呪いが我の力だと思うてか!我にとって人の国など下らぬもの、いらぬわ!」 「何を…私が、祖先が代々治めるこの国を軽んじるな」 「だが滅ぶ」 少年王はぎりっと歯を噛み締めた。 化物の言う通りだった。過去にどれほど栄えていようと国が滅びれば全て終いだ。栄光を私の代で終わらせたくはない。 時間はない。既に少年王の体は胸のあたりまで石化が進んでいた。 「なんとか出来るのか」 「無論。我は黄昏色の獅子、呪いの魔物、死の獣。天災や災厄と呼ぶ者もいる」 ひとしきり己の呼称を告げた後、黄昏色の獅子と名乗る化物はずいとその顔を近づけた。四つの眼がそれぞれに少年王の姿を映す。 「選べ、黄金の国の若き王。ここで干からびて国ごと死んでいくか、我のものになるか」
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