落ちこぼれ魔女の黄金色と赤

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ここはとある地下オークション会場。このオークションでは全てが商品だった。 美術品・絵画・媚薬・魔導書・オリハルコン・ドラゴン・人間・半獣・オーク・エルフ、出品されたものはいかなるものであろうと競り落とされ、モノとして扱われる。非合法なオークションが日々行われているこの場所で、本日のメインイベントが開催されようとしていた。 「さあ、お次は本日の目玉商品!!『ビーナスの瞳』です!!」  司会者から高らかに宣言されたその言葉に、オークションの客はどよめいた。 「まさかあの宝石【ジェム】が!?以前出品されたのは二年前だと聞いたぞ!!」 「金貨千枚でもくだらないという幻の宝石【ジェム】が……」 「持っていると金持ちになれるそうよ。私も欲しいわ」 「以前の持ち主は一国の王になったらしい。地位も名声も祝福してくれる宝石だ」 事前の出品リストにはその名前が載っておらず、青天の霹靂の事態に会場はパニックに陥った。どよめく会場を司会者はゆっくりと見渡すと、もったいぶりながらパチンと指を鳴らす。  その音を合図にステージの端から、商品が恭しく運ばれてくる。 客の前に現れたのは美しい黄金色の宝石【ジェム】 小粒ほどの大きさの透明度の高い水晶の中には、女神の美しい瞳のように麗しい黄金色のルチルが閉じ込められていた。黄金色の針が美しい幻想的なクォーツに、客は魅了され感嘆のため息をもらす。  持ち主には巨万の富と名声を与えるといわれているその宝石は、好事家が喉から手が出るほど欲しがるものであった。会場を異様な熱気が包んでいく。その熱気が膨張し、破裂するというタイミングで、司会者は風船に穴をあけるかのように小槌を叩いた。 「この商品の説明は最早必要ないでしょう。では金貨五百枚からスタートします!!」  怒号のごとく客の声がオークション会場を木霊する。その光景を会場の一番後ろで、シルクハットを被った男がワイングラスを片手に眺めていた。蛇のような目で会場を一瞥すると、扉を開けて出ていこうとする。 「おや、ジョン・クロウ。自分が出品した商品がいくらで落札されるのか気にならないのかい?」  髭を蓄え、上品なスーツに身を包んだ老年の男がシルクハットの青年――ジョン・クロウに話しかける。ジョン・クロウはシルクハットを深くかぶり直すと、老年の男に向きなおった。 「興味がないんでね。あの商品にどんな値がつこうか関係ないよ、支配人」 「ははは、そうかい。ところであれはどこで手に入れてるんだい?いくら探しても見つからないんだ。君が宝石を定期的に仕入れてくれるのならこちらは助かるんだがね」  支配人は探るような目をジョン・クロウに向けたが、ジョン・クロウは肩を竦めながらグラスに入っていたワインを自らの手の上に零す。そしてそれはすぐに鍵の形に変貌した。  錬金術――――魔女が支配するこの国では、亜流と呼ばれるものであった。 「さてね。企業秘密だ。金は後でとりにくるよ」  鍵穴に鍵をさすと、扉を開けてジョン・クロウは出ていった。 先ほどまでにこやかな顔で笑っていた支配人は、すっと感情を消し、苦み走った表情となる。その後ろには大柄な男が立っていた。 「ハワード、ジョン・クロウをつけろ」  ハワードと呼ばれた大柄な男が、その巨体を揺らしながら支配人に尋ねる。 「どうしてですか?ちょっとの間ビーナスの瞳の仕入れはないんじゃ……」  支配人は馬鹿にしたように鼻をならすと、自らの顎髭を撫でた。 「金を受け取ったあと、あの男は必ずある場所へ行くことがわかっている。その場所にビーナスの瞳の秘密があると私は踏んでいる」 「あの男が錬金術で錬成してるんですよね。あの男をとっちめたほうが早いんじゃないですか?」  ハワードの質問に、支配人は苛立たし気に足を踏み鳴らした。その音は、会場の金切り声でかき消される。 「錬金術自体は簡単なものだ、調べがついている。だが、原料が特殊なようで全く同じものを錬成することができない。それを暴いてくるんだ」  ハワードはゴキゴキと手を鳴らし、ゆっくりと頷いた。 「了解しました。もしその秘密がわかった場合どうすれば?」  下卑た笑みを浮かべながら、ハワードはわかりきった質問をした。 「……奪い取れ。抵抗するなら殺せ」  突然、会場に歓声がどよめき渡った。ビーナスの瞳が落札されたようだ。 司会者が、その値段を興奮気味に捲し立てて、小槌を打ち鳴らしている。 「金貨三千万枚で落札です!!本オークションでの最高落札金額です!!」  金貨三千万枚でも安いものだと、客は口々に声を上げる。宝石【ジェム】に魅了されたものたちが、歓声をあげればあげるほど、台上にある『ビーナスの瞳』が輝きを増していく。それはまるで人の欲望、傲慢、淫蕩、すべてを受け入れて美しくなっていく女のようだった。 「金を生むガチョウでもあればいいのだがな」 「腹でも裂きますか?」 「いや、飼い殺すさ。……死ぬまでな」
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