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後日、男はあの時の女とレストランの個室で食事を共にしていた。
「それで、その後呪いはどうなの?」
「別に? どうってことは無い。確かに呪われてはいるけどね。おい、銀貨を一枚だせ」
個室の入り口辺りに立っている執事に男は呼び掛けた。
「は、こちらに」
執事はどこかに忍ばせていた銀貨をテーブルの上に置いた。
「見ててくれ」
「え、ええ」
男はその銀貨に手を伸ばす。
すると、不思議な事に銀貨がするりと動いたではないか。
「あら!?」
「ほらね。あいつの言うとおり、俺は銀貨にも銅貨にも触れなくなっちまった」
「大変じゃない」
「いいやちっとも」
「どうして?」
「俺が普段から扱うのはそもそも金貨だ。それと宝石」
「それには触れるの?」
「何の問題もない」
そう言って、男は自分の指にはめた宝石付きの指輪を彼女に見せた。
「どうして大丈夫だったのかしら」
「まあ、あの乞食の世界には金貨や宝石ってのが登場したことが無いんだろうね。彼の中で最も価値あるものは銀貨だったのさ」
「そんな……」
女は思わず口元を手で覆った。
男は楽し気に笑いながら言う。
「そもそも、俺自身が金に手を触れる事なんて滅多にない。そう言うのは執事の仕事だよ」
なあ、と呼び掛けられた執事は静かに会釈を返した。
「それじゃあ、彼の呪いは……」
「まあ、余り俺を苦しめてはいないね。寧ろ、銀貨に手を触れずに動かせるから、余興のネタには助かっているぐらいだ」
「可哀想ね……」
「残念な事だけど、住んでいる世界が違い過ぎたんだよ。自分の金を他人が扱うなんて事、彼の中では考えもつかないんだろうね」
そう言って、彼は目の前に置かれていた銀貨に指を伸ばした。
銀貨はふいッと動いて彼女の元にとんだ。
「きゃっ」
思わず避けた女の横をすり抜けて、銀貨は床の上に転がる。
「ははは、ごめんよ」
「もう、びっくりしたわ」
「最近、結構思い通りの場所に動かせるようになってきてね。これはこれで興味深いんだよ」
楽しげに言う男を見ながら、女は心の中で乞食に同情せずにはいられないのだった。
「さあ、そろそろ行こうか。後は任せたぞ」
「はい、ご主人様」
銀髪の執事は恭しく頭を下げた。
女は立ち上がり、男の差し出した腕に自分の腕を絡める。
そうして二人は連れ立って個室を出て行く。
執事は二人が出て行った後、床の上に転がった銀貨を拾い上げた。じっとそれを見て、それから胸ポケットに入れた。
そうして、二人の後を追うように部屋を出て行った。
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