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タイムスリップ!? 06
冒頭ではドロップ缶をくぐり抜けられないビー玉くんをあたかもくぐり抜けたと錯覚させるため、急ごしらえの小道具を使って細切れに撮影していく。
隣で安藤がいちいち感嘆の声を漏らすのが面白かった。
最初のシーンさえ撮影してしまえば、あとはもう十七年前の街を散策するだけ。
「よし、まずは出発地点の駅だ!」
安藤を引っ張って駅前に移動すると、槊葉は早速「まじか!」と叫んだ。いつも利用する大きなモールがどこにもない。改札を出た正面にぽつんとミスドがあるのみだ。
「やば、駅なんもない。スタバもプラザもフランフランも!」
いきなり大爆笑する槊葉に「ミスドがあるだろ」と安藤が対抗するが、攻撃力が低すぎて話にならない。相変わらず街の空気は落ち着いているが、そこには槊葉の知らない世界が広がっていた。
「夢のくせになんかリアルだな。なあCDショップ行こ」
「それならこっち」
ブレザーの袖を引っ張って安藤が案内したのは小さな楽器店だった。
「おお、山野楽器ここにあったっけ」
未来では駅のモールに移動している。
自動ドアが開くと新譜の『SAKURAドロップス』コーナーが槊葉たちを出迎え、聴き慣れたあのメロディが流れてきた。時代を感じるジャケットが並ぶ様子もビー玉くん越しに録画する。
それからまたわあわあ言い合いしつつ並木道を散歩して、昔ながらの店を通り過ぎ、最後にやって来たのは夏菜のカフェがあった場所だ。
「さっき見せた動画、ここで撮ったんだ」
「ここ? ……なんにもないけど」
安藤が不思議そうに目の前の空き地を眺める。そこは雑草があちこちに生えている寂しい場所で、槊葉は突っ立ったまま夏菜のいない景色を撮り続けていた。もうこれで終わりなんだと自分に言い聞かせながら。
「あったんだよ、ここに。DROPSと、俺の初恋と、安藤のビー玉が」
ふいに胸の奥に押し込んだ感情がせり上がり、目尻から熱いしずくがこぼれ落ちた。
「俺、夏菜ちゃんのこと好きな自分しか知らないから、それがなくなったらどうなるんだろ……もしかしたら失恋よりそれが怖いのかな。かっこわり」
「そんなことない」
安藤が静かに言って背中に腕を回した。未来では槊葉より背が高いくせに、今寄り添う体は少し小さいくらいだ。
また学ランの袖で涙を拭いながら気遣うように言葉を続ける。
「あの動画きれいだった。でもこのビー玉で撮影してる時も、目をキラキラさせてアイディアを出しながら撮ってて、すごく輝いてたよ。そこに水上さんはいなかった」
少年の不安定なテノールが至近距離で甘く響き、槊葉はドキリとした。いかにも安藤が言いそうなキザったらしいセリフなのに、嫌な気がしないのはなぜだろう。
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