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恋のおわり 01
* * *
進級してすぐ元号が変わった。
今年のG.Wは誰しもが新時代の幕開けに浮き足立っていた。三十年の歴史に終止符を打ち、元号が改められたのだから無理もない。
令和は大型連休という恩恵をもたらし、大半の学生たちを五月病にした。そんな中数人の生徒は中間テストに備え、気持ちを勉強モードに切り替えている。
今日の昼休憩など教室を大きく分断した片側ではゴールデンボンバーの「令和」を大合唱し、反対側では問題集を開いた生徒がイヤホンを耳栓代わりにする始末だった。
「進路か……」
合唱の輪に加わりはしないものの、槊葉もチーム五月病の一員だ。
はあ、と大きなため息がこぼれる。かばんの中から取り出したドロップ缶のふたを開け、ビー玉に似た水色のアメを無造作に口に放り込んだ。
先日の進路調査を思い出す。今年でセンター試験が廃止されるため、新しい試験方式に備え、早いうちに進路を決めろとしつこく言われたが、自分のやりたいことも興味のある分野もわからない。
時代のスピードに追いつけず、ただ焦りだけが槊葉の前に横たわっていた。
*
カフェのドアを開けると、カランというベルの音に夏菜の「いらっしゃいませ!」が重なった。
スマホで撮影しながら入ってきた槊葉に、彼女は「また?」という顔をする。そのまま適当な席に腰かけた。
ここは夏菜が経営している横浜の小さなカフェ『DROPS』だ。手作り感漂うウッディな内装が隠れ家的な落ち着いた空間を作り出している。が、今日はなぜかいつもと違う音楽が流れていた。
「また宇多田ヒカル?」
「うん。今お客さんいないから……」
「ちょっとなっちゃん、俺はお客さんじゃないの?」
突然奥の席から誰かが声を張った。振り向くと頬づえをついた男が手を振っている。
「げ……」
「ごめーん。大輔くんお客さんって感じしなくて」
舌を出して謝る夏菜を見て彼は笑う。
(お客さんって感じしないって身内枠ってこと!?)
嫉妬の炎が揺らめいた。
安藤大輔という男は槊葉が遊びに来る時間帯に高確率であらわれる店の常連客だ。必然的に顔を合わせる機会が多く、正直うんざりしていた。
なぜなら夏菜の元同級生らしく、妙に馴れ馴れしいのだ。
(今日も来てる。絶対夏菜ちゃん狙いだろ!)
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