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うなされるエンキの手が、空を掴もうとあがく。アンナはうなり声に目を覚ました。いつもはそんな、眠りを邪魔されることはない。なんとなくいつもうなっているな、とは思っていた。だがこうしてみると、哀れだと思った。
「じいさん、薬ならないよ」
彼はそういうと、また毛布をかぶった。すぐにいびきが聞こえてきた。エンキはまだ、うなされていた。
この人はたぶんそろそろ死ぬんだろうな、とアンナは子供心に思っていた。
薬が欲しいと、夜毎にうなされるようになった。帝都に来たばかりのころは、酷くても一週間だとか、一か月に一度くらいだった。
アンナはわざわざエンキ翁に言うことはなかった。悪い夢を思い出させることはない。仕事にも支障が出るくらい、気を悪くする。以前にあったように、一日中バケツとくっついていなければならないくらいなら、黙っておいたほうが彼のためにもなる。
エンキ翁は新しく来た仕事に精を出している。アンナには仕事を手伝うことができないので、手持ち無沙汰そうに足をぶらぶらさせて、彼の仕事ぶりを見ていた。
夜は嫌いだな、とアンナは思った。
うなされたエンキ翁がうるさくて、よく眠れない。仕事は問題なくできている。明日にも指定されたものが出来上がるだろう。そこらへんの仕事を、エンキ翁はきっちりとこなす男だった。彼のそういうところがアンナは好きだった。
アンナは毛布をかぶり直した。まもなく唸り声は聞こえなくなった。
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