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男はビルから飛び降りた。仕事に追われる生活に疲れ、もう人生をやめにしようと思ったのだ。
しかし、それは失敗に終わった。彼が落ちたのは、そのビルの数階下の野外特設ステージで行われていた、マジックショーの水槽の中だったのである。
突然階上から落ちてきた男に、マジシャンは怒って言った。
「おい、お前。今から俺はその水槽に瞬間移動する予定だったんだぞ。ショーを滅茶苦茶にしやがって」
男は水槽から上がると、負けずに言い返した。
「お前こそ、俺は死ぬ予定だったんだぞ。それを邪魔しやがって」
マジシャンはその言葉にますます怒って言い返した。
「なんだと。どうせ屋上から飛び降りたって、ここに落ちれば悪くて複雑骨折だ。下調べもしないで、このビルを選んだお前が悪いね」
男はさすがにうまい反論が思いつかなかったが、とにかくこの状況が気に入らなくて、マジシャンに殴りかかろうとした。
しかし、周囲を見渡して、振り上げた手を降ろした。そして、マジシャンに耳打ちをした。
「おい、見てみろよ。結構、受けてるみたいだぜ」
そう言われてマジシャンが客席の方を見ると、観客たちは今しがた起こった出来事をショーの演出だと思い込んでいるようだった。
男は畳みかけるように言った。
「これもマジックだったと言えばいいんだよ、さぁ早く」
男に促されるがままに、マジシャンはマイクを手に持ち言った。
「皆さんご覧になりましたか? 空から突然、男が現れました。まさに奇跡のイリュージョンです!」
観客たちは一斉に歓声を上げ、大きな拍手を送った。マジシャンはまんざらでもなさそうな顔でそれを受け入れた。
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