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これはお客様に渡し忘れた釣り銭を届けに行くという行為だ。だからこれは決して好きな人に会いに行っ……てる訳じゃないぞ!と心を誤魔化しながら、励ましながら、 あの人の家に…… 貰った紙を見て、ラインにて。 『お釣り忘れましたね』 『あぁ、そうだったかな』 『わざとですね』 『店員が客を疑うのか?』 『はいはい、すみませんね』 『そう思うんなら持って来いや』 『今から??』 『店側の誠意次第だな。もしくはお前の』 …… 『分かりましたよ。行きますよ』 『布団あっためて待ってるよ』 !!! 言葉にできない唸り声を上げて、バックヤードで一人悶絶した。 冗談それ?本気?? どうしよう。 本気なら嬉しいくせに……困るよ、だって、 した事ないもん、男となんて。 どうしよう。 どうしよう……と思いながら、あの人の家に向かって、自転車を走らす。 一人暮らしのお姉様な彼女の家に行った時みたいに、いやそれ以上に緊張してるよ、俺。 あの時は、ワクワクしかなかったけど、今は、 ドキドキしすぎて、怖いくらい。 バイト帰りの夜空が、実はちょっと好きだった。空だけじゃない、昼とは違う音や、気温、風。あの人と同じ〝働いた後〟の自分……ちょっと、近づけたような気がして。 だけどホントに近づける日が来るなんて…… 夢みたいな、空を仰いだ。 店からあの人の家までの道は、いつもとは全く、違う色。脳のどこかで全部勝手に〝永久保存〟してる。それは死ぬ時勝手に再生を始めそうだ。 『彼との始まりはこの道、俺を包んだあの夜の色』…なんて、ナレーションまで付け足されて。 それくらい、俺には多分重要な……出来事、みたい。 その人は、割と小洒落たマンションに住んでいた。もしかして…高給取り? ピンポーン 「あのー…あの、…コンビニの…者、ですけど…」 そういやお互い、名乗ってない。 『来たか星名』 えっ。 …そうだ名札。この人は、俺の名前を知ってたんだ、前から……ちょっと嬉しい。 ドアが開いて、部屋着の彼がお出迎え。 スウェットなのにやたら……かっくいいな。 イケメンは何着ても似合うってか……キュンとしちゃうよ。 「制服じゃねぇんだ」 俺を下からずっと見て、顔に到着する。 「当たり前でしょ?時間外です」 合った目がまた笑ってるようだったので、 「…何です?」 口をとんがらす。この人に笑われるといつも、なんか…馬鹿にされてるみたいで、腹が立つ。 〝ガキだな〟って、思われてるみたいで。 「いや…ガキだなって」 あホントにそう思ってたぁ??ドンピシャでぇ?? 「ガキですよどうせ、大学生なんで。服に気合い入れるお金もないし、だからバイトしてるんです」 開き直ってみた。 「あもっと下の…」 「へ?」 「中学生レベル?」 「え!」 少ないお小遣いから激安ショップで厳選して買った奇抜なデザインの服を満足気に着続ける、あの中学生?! 「そ、そんな…っ」 幾何学模様だったりします。と同じ?? あからさまに肩を落とす俺の頭を、ポンポンと叩いて、 「…可愛いって言いたかったんだよ」 「喜べません、それじゃ」 落ち込む一方です。 「まぁ入れよ。時間外なんだろ?」 「え、えっ」 幾何学模様に気を取られてる隙に、玄関に引き込まれた。 「来いよ中学生」 「…中学生なら部屋に連れ込まないでしょ」 「大学生なんだろ?お前。ならいいじゃねぇか」 なんて都合の良い…とは、思った…けど、 「…まぁ……はい」 渋々靴を脱いだ。だって、 好きな人だから。 「うげ!」 俺の第一声。前言撤回、したくなる。 「あ?」 「ちょっと…」 汚すぎや、しませんか?? 「もっと…ちゃんとした人かと、思ってました…」 ゴミは捨てる、洗濯物は洗う。 「面倒臭いんだよ…」 当の本人は、まるでいつものように、唯一空いたスペースのソファーに寝っ転がって、 「お前、やってくれるか?」 「え」 「片付け。何でもやってくれんだろ?」 「そんな特典はないって言いましたけど?」 「それは時間内の話だろ?今はお前の、プライベートだ…」 「ああっちょっと!寝ないで下さいよ!」 「眠いんだよ…」 寝るまでカウントダウンなその人は…あぁ、やっぱ……寝ちゃって。 「あの…?ねぇ?」 何が〝布団あっためて待ってるよ〟だよ!ソファーで寝ちゃってんじゃん!布団関係ないじゃん! 「ねぇ、お釣り…」 はもうこの際、どうでもいいみたい。 「ねぇったらーー」 …… 俺の緊張…やらドキドキやら、夢みたいな時間…返してくれる??こんな、 こんな展開、望んでなかった。 『ご褒美をくれるかい?』 『それって…』 『君だよ』 ていうやつ!ていうやつじゃないの?! ソファーのへりをバンバン叩くと、 「うるせーぞ」 何だよそれ!何だよ! 「…それやったら……ご褒美やるから」 眠りに落ちながら、俺の腕をさわっと撫でた。 「ご褒美…?」 あぁ今、分かったよ。 俺は、 ダメな男に尽くすタイプの人間だ。 この人を、面倒見たくて仕方ない。 「ホントに……下さいよ?」 明日は休みだし。 やる事もないし。 本当は、 好きな人の部屋で…好きな人の側で。 働けるならそれが、一番。 便利な恋。 簡易的…なんてもんじゃない、これはそう、正に、 コンビニエンスな恋だ…… 夜が明けて、 俺が一生懸命片付けた部屋を見てこの人、 ……何て言うかな…… 最低でもキスくらい貰わないと、やってけない…商売だなと。 コンビニエンスな俺は、思った。
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