命の色

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 3日前の夕食の時には、妻は俺に、あんな風ににっこり笑って話しかけていた。それが何かは思いだせないほどありふれた会話で、お前は気楽でいいなとからかってしまうほど、いつも、いつも、陽気な妻のおしゃべりは止まらないのだ。  でも、仕事で一杯一杯の時の俺には、聞いてやる気力も余裕もなくて、その日は抱えていた仕事が捗らず、ずっとイラついていて、妻にうるさいとあたってしまったんだ。 「お前はいいな。悩みごとが無くて。俺は今日は疲れてるんだ。少しは静かにしてくれよ」  あんなことを言うんじゃなかった。今更後悔しても遅いけれど、病院のベッドの上、痛みで顔をしかめて、口も利かない静かな妻は、痛々しくて見ていられない。  3日前の夜中、美咲はクモ膜下出血を起こして、浴室で倒れた。 何かに掴まろうとしてなぎ倒したのか、シャンプーやコンディショナーや洗面器が棚から落ち、浴室の反響によって増幅されたガターン、ガシャーンというすごい音を聞いて、俺は飛び起きた。  妻は激痛に呻きながらも、何とか服を着直して、俺が階下に降りた時には、洗面所の床に横たわっていた。  頭が痛いと青い顔で訴える妻を見て、俺は妻を動かさずに、すぐに救急車を呼んだ。妻は病院に運び込まれ、若い研修医がMRIを撮るから待つようにと俺に説明をした。
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