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【インテーク】しろねこ様と青年執事
目の前のテーブルの上に、一匹の猫が座っている。
なめらかで艶やかな白い毛で覆われたふっくりとした体に比べると、顔は小さめ。特徴的なキツネのように鋭くとがった大きな耳は、ピンっとしっかり立っている。
お腹をべたっとテーブルの天板につけた姿勢で座る猫の前足と後ろ足は、きれいに折りたたまれて、体の内側にしまい込まれていた。香箱座りというものらしい。この座り方をしているときはすごくリラックスしているのだと、この部屋へ案内されたときに説明された。
しかし、とてもそうは思えない。さっきからじっとこちらを見つめる猫の目線は、リラックスとはほど遠いくらいシャープなものだ。淡い海の色の瞳はすべてを見透かすみたいな妖しい力に溢れている。すごく整った顔立ちをしているから、余計にそう見えるのかもしれない。
ゴクンッと唾を飲みこむ。そろそろと手を伸ばしてみる。目の前の猫に触れようしたが、すんでのところでパンッと破裂音が飛んだ。急いで伸ばしかけた手をとめる。猫がまばたきもせずに私を見据えたまま、しっぽをテーブルに強く打ちつけたのだ。まるで『触るな』とでも言いたげな猫の目が、よく切れる刃物のように鋭く研ぎ澄まされていた。
「彼は触られるのが好きじゃないんですよ」
不意に声がして、私は慌てて立ち上がった。スカートの裾を直しつつ振り返ると、長い黒髪をひとつに束ねた青年が部屋に入ってきたところだった。体にぴったりとくっつくほどタイトな黒いスーツが似合う彼は、私をこの部屋に案内してくれた人だ。よく磨き込まれた銀製のお盆を、彼は手にしていた。お盆の上には品のいいカップとソーサーが三脚乗っている。
「どうぞお座りください」
そう言って、青年は優雅な手つきでお盆の上のカップとソーサーを私の目の前……ではなく、猫の前に置いた。
「お客様の前に失礼します。ここではまず、彼が一番なのです」
彼と呼ばれた猫を見ると、その通りだと言わんばかりにゆっくりとまばたきをした。
猫の次に私の目の前に青年はカップを置いた。最後に自分の前に置いてから着席する。青年が腰かけると、猫はゆったりと香箱座りを解き、カップに鼻先を近づけた。ピンク色の鼻をヒクヒクと細かく動かし、香りを確かめている。
「アールグレイにしました。ミルクは必要ないですよね?」
自分が訊かれたのかと思い、あわてて青年を見る。しかし彼の目は猫に向けられている。恥ずかしくなってうつむく。どうやら私ではなかったらしい。うつむいたまま猫に視線を向ける。訊かれた猫は返事の代わりにペロッと紅茶に口をつけた。
「どうぞ、愛華さんも召し上がってください」
「あっ……はい」
青年がゆっくりと私のほうを振り返って促した。ここはなんでも猫が一番らしい。こうやって見ると、青年はさながら猫の執事のようだ。かなりのベテランに見える。
カップを手に取り、口をつける。ベルガモットの香りが一気に口の中に広がって、鼻から抜ける。こんなに香り高い紅茶は初めてだ。やっぱりスーパーで買ったティーバックの紅茶とは訳が違う。茶葉もカップも高級そう。
「さっそくですがお話を伺いましょう」
カップをソーサーに戻すタイミングを見計らって、青年が切り出した。
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