3時のおやつと響也と

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それは、有賀風音(ありがかざね)と有賀響也(ありがきょうや)がまだピアノ教室に通っていた頃の出来事だった。 今日のピアノのレッスンを終えた風音はおやつを食べる為に、足取り軽く響也の自宅の住居スペースに向かっていた。 本来のピアノ教室の生徒にはおやつは出ないが、風音はピアノ教室の先生である響也の母親の姪に当たるので、いつもレッスン後には他の生徒達に内緒でこっそりとおやつを食べてから帰宅していたのだった。 「今日のおやつは何かなー?」 ルンルン気分で歌うように独りごちた風音は、響也一家の住居スペースに当たるリビングのドアを開けたのだった。 リビングには、ソファーに寝転がって漫画を読んでいた響也しか居なかった。風音と同い年で従兄弟の響也は風音の顔を見ると、「げっ!?」って顔をした。 (アタシの顔に何か付いているのかな?) 風音は首を傾げつつも、ピアノ教室の道具が入ったカバンを台所近くにある椅子の上に置いて、台所で手を洗ったーー響也の母親でもある伯母さんは、こういうマナーに厳しい人だからだ。 この時間帯は、響也の父親は仕事で、母親はピアノ教室で、響也と年の離れたお兄さんは部活動があるので、基本、響也しか居ない事が当たり前だった。 風音は勝手知ったるように、冷蔵庫に貼り付けてあるホワイトボードを見た。伯母さんはおやつの種類と、おやつをしまっている場所をいつもボードに書いていた。 (あっ! 今日のおやつはシュークリームなんだ!) ボードには、「今日のおやつはシュークリームです。冷蔵庫にしまっています。3時になったら食べてね」と丸い字で書かれていたのだった。 風音は冷蔵庫を開けると、それらしき箱を見つけたのだった。ワクワクしながら、冷蔵庫から取り出して、カバンを置いていた机に戻ってきたのだった。 「じゃあ、いっただっきまーす!」 風音が箱を開けると、シュークリームが1個入っていた。粉砂糖をまぶしたシュー生地の中には、溢れんばかりに生クリームが挟まれていたのだった。 生クリームが多い方を吟味すると、風音は箱から取り出して、シュークリームを包むビニールを外した。一口食べると、口の中は生クリームで一杯になった。鼻に抜けていく甘い香りで気持ち良くなった。 しばらく食べ進めていると、今日のレッスンを終えた伯母さんがリビングにやってきた。 ソファーで寝転がって漫画を読んでいた響也の足に手を伸ばして、「行儀が悪い!」っと、叩きながら台所にやってきたのだった。 風音は「伯母さん、ごちそうさまです」っと、忘れない内におやつのお礼をした。 「あらあら。いつも丁寧にありがとう。風音ちゃん。美味しいでしょう。ここのお店のシュークリーム、生クリームもカスタードクリームもどちらも有名なのよ」 「風音ちゃんはどっちが美味しかった?」っと、台所で紅茶を淹れながら話した伯母さんの言葉に耳を疑ったのだった。 「どっち……って、生クリームの方しか無かったですよ」 今度は伯母さんが「えっ!?」っと声を上げると、途端に「響也ー!」っと怒鳴ったのだった。 風音も伯母さんの声につられて、響也が寝転んでいたソファーを見たが、いつの間にか響也は読んでいた漫画を置いて、消えていたのだった。 それから、「ごめんねー。風音ちゃん!」っと伯母さんに何度も謝られた事が、今でも印象に深く残っているのだった。
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