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「はい、これよろしく」
私のデスクに築かれた仕事の山の上に、遠野課長がさらにファイルを置いた。
『納期はいつまでですか?』と私が尋ねると、遠野課長はしれっと『今日中かな』と返してきた。
「今日中?冗談ですよね?もう10件目ですよ?しかも全部、今日納期。あと朝も言いましたけど、今日は絶対に定時で帰りたいんです!」
「ああ、そういえばそんな事を言ってたね。頑張って定時までに全部終わらせればいいだけだろ?分からないかな?」
私は唇を噛み締め、苛立ちを抑え込む。言い返したくて堪らなかったが必死にそれを我慢した。
しぶしぶ『鬼畜課長』が寄越してきたファイルを手に取る。ファイルの中身は印刷されたスタッフ名簿だった。
名簿の隅に印字された派遣会社のロゴを見た私は首をかしげる。
「あの、ここの会社っていつもエクセルで名簿を送ってくれますよね?それをうちのソフトに取り込めばいいだけのはずじゃ……」
「うん。いつもはそうだね。それがさぁ、その会社に社内ソフトがアップデートされたばかりで、今回は名簿をエクセル化できませんって言われちゃって。悪いけど入力よろしく。あ、名前は絶対間違えんなよ。クレームの原因になるから」
こんな事できるか!と反抗しようとした時『課長、内線鳴ってますよ』という声が別のデスクから飛んできた。遠野課長はそのまま自席に戻り、内線電話に応対していた。
数ページに及ぶスタッフ名簿は約150人分だ。
これを1人ずつ入力しろ?どれだけ時間が掛かると思ってんだ。ふざけんなよ。
「水無月さーん、これ発注しといて」
「……平井さん、何度も言っていますよね?平井さんの手書きは読めません!メールにしてください!」
私は斜め前の席の営業マンが放り投げてきた注文書をすぐさま突き返した。
舌打ちされても気にしない。
この平井って営業マンはとにかく字が汚い。この人が書いた文字のような絵のような何かを解読する事に時間を割くなんて御免だ。
こっちはやる事が山のようにあるんだよ。
周りが落ち着き、いざ仕事に取り掛かろうとしたら今度は電話が鳴った。
営業一課にはサービススタッフが私を含め3人いるが、電話を取るのは一番末っ子の私の仕事である。それが暗黙のルールだった。
「お電話ありがとうございます。Kコーポレーション、水無月がお受けいたします」
電話の相手は取引先の広報部の人間で、『遠野課長、いらっしゃいますか?』と尋ねられた。私は保留ボタンを押して部屋の最奥の席を振り返る。
「遠野課長。外線1番に畑山さんからお電話です」
荷物をまとめ今まさに席を立って出掛けようとしていた遠野課長が眉をひそめる。
「いないって言って」
「いるじゃないですか。外線1番です」
しぶしぶ電話を取る遠野課長を見届けてから、私は入力途中だった注文書を手に取った。
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