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「というか、カミングアウトもしてなかったのか……」
どさりと、リビングのソファに座って、良次は指先でするりとネクタイをほどいた。
「え……っと、一緒に暮らしている人を連れて行くって……」
「まあ、ちょっとは段取りしておくもんだけどな」
「なんか、話をすれば、納得してもらえるに違いないっていう根拠のない自信が……」
「まあ、良いけど。隼斗らしいし。それに、俺がいて良かった」
「え?」
俺も隣に座って、良次の白い顔を覗きこんだ。
「なんか――隼斗を、ああいう場で、一人で居させずに良かったっていうか――俺も一緒に居られて良かった」
「な、なんで……俺のせいで、良次が……」
「うーん、俺が行ったから、場がさらに混乱した部分はあるだろうけどね。まあ問題点は、二人で取り組むほうが良いだろ?だから」
良次は、俺の髪の毛をわしゃわしゃっと撫でた。
「なんで、そんな優しいんだよぉ……」
俺はたまらなくなって、良次のうすい肩をぎゅっと抱きしめた。
良次は大人しくされるままになって、俺の肩に、その鼻先を押し付けた。
「まあ、隼斗よりは大人だし、色々あったしね。俺のところだって」
「え――でも、今は……」
「今はね。まあ、俺が同性愛者だってことは、十代くらいから、うすうす感じていたところもあったみたいだし。隼斗に出会う前に、いっぱい色々あったよ?だから、隼斗のご両親のことも想定できるって言えば、そうだし」
「もう……俺、良次だけで良い。実家と縁切る……」
「バカ言うなよ。まだこれからだろ?俺は、隼斗と一緒にいるから」
俺は、良次の言葉に、グズグズと泣いてしまった。
良次が優しい手つきで、俺の頭を撫でて、その柔らかな温かさにただ心が包まれる。
「ごめん……せっかくの休みだったのに……」
「うーん、まだ昼過ぎだし、どっか行く?」
良次は大きく伸びをしながら、俺に笑いかけた。
その花がほころぶような綺麗な笑顔を見ていると、世界はカラフルになって、心は瞬間に弾んで、何でもない時間もトクベツになる。
俺にそんな幸せをくれる、たった一人の愛しいひと。
この二人の部屋では、すべてが赦されて、降り注ぐように光が射している。
「ん……?あっ、ちょっと待ってて!」
俺はゴタゴタに、すっかり忘れてしまっていた予定を思い出して、飛び上がるように立ち上がった。
「隼斗?」
鞄の中に、ちゃんと小さな箱があったことに安堵して、俺はそれをそっと手に取った。
「今日さ――うまくいくと思ってて……でもって、これで完璧!って用意していて……まだ、ちゃんと出来ていないけど、でも、どうして今贈りたくて」
振り返ると、良次は小さな顔を傾げて、長い睫毛を瞬かせて、俺をじっと見ている。
「良次は喜ばないかも……俺の我儘なんだ。目を閉じてくんない?」
素直に瞳を閉じて、その青みを帯びたまぶたが綺麗。
綺麗に流した前髪をそっと掻きあげて、その冷たい額にキスをして。
限りない優しさをこめて細い指を掌に乗せて、俺は緊張で、胸がドキドキと高鳴るのを止められない。
「坂月良次さん。俺、橘隼斗とずっと一緒にいて下さい。色んなこと、必ずちゃんとするから。これは、俺からのその決意」
ゆっくりと左手の薬指に、きらり光る丸い環をはめていくと、ぱちりと大きな瞳が開いた。
「あ……」
「つけてくれる?」
「指輪……どうして……」
「今日、うまくいくと思いこんでて――プロポーズしようと思って……うまくいかなかったけど、婚約っていうの?ずっと一緒にいるために、約束……して欲しい」
「……」
「ごめん、無駄遣いだし、こういうの良次は嫌かも――俺の、我儘なんだ。俺が、ずっと一緒にいたいから。その気持ち――」
俺は良次を見下ろして、それから驚いて、言葉が止まってしまった。
良次は澄んだ瞳を開いたまま、一筋、それから一筋と、射しこむ光にきらめく涙を落していった。
「良次――」
「ありがとう」
「してくれる?指輪――」
良次は、何も言わずに、ただ静かにうなずいた。それから、半分まで指にはまっていた指輪を押し込み、それからリングケースに入ったままの、もう一つの指輪を指先で取った。
「橘隼斗さん、ずっと一緒に……」
それから先が言えずに、黙ってしまった良次の指先をに手をそっと重ねて、俺は自分の指にリングを嵌めた。
「これ――変わったデザインだね……」
俺が選んだリングは、プラチナの上にゴールドが縁どられたコンビのデザインのもの。
銀色の丸い光の上に、金環はぐるり黄金に光って。
まるで水面の上の太陽の光みたいに明るくて、すぐにこれに決めた。
「なんかこの金色が、お日さまみたいだなぁって思って。明るくて良いなって。良次と、ずっとこんな道を歩いていくんだ」
「隼斗……」
溜め息みたいにそう囁いて、良次は爪先立ちして、柔らかな唇を俺の唇に押し当てた。
その腰を抱いて、この気持ちは深いキスの甘いフレーバーに膨らんでいく。
夢の中のようにうっとりしたまま、唇をそっと離すと、良次は優しく微笑んでいた。
午後の金色の光に照らされて、その微笑みは、限りなく透明に澄んでいて。
いま世界は、ゴールデン・サンライト――
どんな出会える未来も、ずっと一緒に。
この胸にひらいた地図は、全部を大好きな良次とともに、宝探しみたいに進んで行きたい。
一人じゃ出来ないこと、いっぱい探して、二人だから感じる幸せをたくさん発見して。
きっと良次がいれば、世界を変えていける気がするから。
どんな勇気も、どんな決意も、俺のできる誠意のすべてをこめて。
一生のダイアリーを良次で予約することを誓う。
「俺、必ず、色んなこと乗り越えるから。だから、信じて」
「うん。大好きだよ」
「俺も、大好き」
あなたがいれば、この世界はきっと綺麗。
俺の未来を信じてくれる、ずっと隣で寄り添っていて欲しい、たった一人の愛しいひと。
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