5.『後藤さん』

1/12
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/73ページ

5.『後藤さん』

「どうせ死ぬなら、事故死より病死の方が良かったな。」 「ちょっと後藤さん、急に何を言い出すんですか。」 不穏な一言に驚いた俺は、読みかけの本を一旦閉じた。今日も今日とて自宅で本を読んでいる。……読まされているとも言うけれど。 「うん?正直な気持ちを言ってみただけだよ。」 後藤さんはいつも通りの飄々とした態度だ。まるで朝食はパンよりご飯の方が良かったくらいの軽いノリで話されて反応に困る。何を思ってこんなことを。 「病死なら……遺族が誰かを恨まなくて済むからですか?」 俺は父のことをほとんど覚えていない。父が交通事故で死んだ時、悲しいと思ったかどうかもあやふやだ。しかし、母がその後何年もの間、深い喪失感と厄介な暗い感情を抱えて苦しんでいたことは知っている。 「……そういうことではないんだ。君の気持ちも考えずに申し訳なかった。」 そして、ふうっと長く息を吐いた。 「今読んでいる本の登場人物のように、自分の死期が分かっていて、その日を迎えるための準備ができる人のことがただ羨ましいんだ。私は何もできずに死んでしまったから。」
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!