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はなさか商店街
明くる日の朝、僕はまたあの目が回る人れ物に乗せられた。
今度は入れ物の中を、柔らかくて座り心地のフワフワしている物が敷き詰めてあったので、快適だった。でも、地面が上に下に、右に左に揺れるのは、やはり気持ちのいいものじゃない。
昨日よりも長く乗っていたかな。でも、昨日の恐怖の中での移動に比べたら、屁の河童だな。
そんなことを考えていると、急に大きな音と同時に、僕の体は前のめりになった。勢いよくお尻を上に持ち上げられた。顔を地面に押し付けられてあわや逆立ち、いやでんぐり返りするんじゃないかと思うくらい宙に浮いた。かと思ったら、いきなりお尻を地面に叩きつけられて、やっと止まった。
女の子は僕を両手で抱き上げて胸元で抱え込むと、いっぱい人間がいる方に向かって歩き始めた。
いろんな人間が、僕を抱いている女の子に声をかけ、その度に女の子は立ち止まった。立ち止まったかと思うと、僕はその人間に何度も頭を撫でられた。そしてまた歩き出したかと思うと立ち止まり、また頭を撫でられた。
向こうは一回で済むからいいけれど、僕はその度に頭をいろんな大きさといろんな力で撫でられる。二度目までは気持ちよかったけど、三度目からは苦痛以外の何者でもなかった。
そうやって女の子に抱かている間、僕は今まで見たこともない、いろんな犬を見た。
最初のころは、犬はみんな人間の持った紐が首に繋がれていた。でも途中から出くわした犬は、首に何か巻いているだけだった。かあさん位の大きさの犬もいたし、かあさんよりも小柄な犬もいた。
僕は今まで、かあさんと三匹の兄弟しか知らなかったので、怖かった。怖かったから、抱いてくれている女の子の腕の中に、顔を埋めるようにして隠れた。でも耳は隠せなかったんだよね。
いろんな人間の声の中に、ガラガラと言う音が聞こえて、次にカランカランと響くような大きな音がした。そんな不快な音ばかり聞かされていると、僕はますます不安になった。
女の子は、僕を助けてくれたのだろうか。
僕が怖くなって震えているのを見て、面白がっているのかな。でも僕には、どうすることも出来なかった。目をつぶってやり過ごすしかなかったんだ。
女の子はまた歩き出し、少し歩くと僕は地面に降ろされた。
そこはどこかの家の庭のような所だった。僕が生まれた家の庭よりは狭かったけど、僕が駆けっこするにはちょうどいい広さだ。
その庭の片隅に、僕がかあさんたちと住んでいた時とそっくりの犬小屋があった。一瞬、その犬小屋の中からかあさんが僕を見ているように感じたんだ。嬉しくなって、僕は小さい尻尾を久しぶりに右に左に大きく振った。
でも、そんなはずはないよね。犬小屋から漂って来るにおいは、僕の淡い夢を簡単に打ち砕いたんだ。そのにおいは、かあさんのように顔を埋めたくなるやさしい匂いとは正反対の、力強いオス臭いだったからね。
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