拾われた子犬

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あるとき、いつも見慣れた人間とは違う人が来て、兄弟の中で一番毛並みがきれいで元気だった子を連れて帰った。兄弟が三匹になっても、かあさんのおっぱいを飲む時は、相変わらずいつも後ろ脚を枕にしていた。 それから何日か経つと、また見知らぬ人間が何人も来た。今度は大きな人間と小さな人間が、わいわい騒ぎながらこちらに向かって来た。僕は怖くなってかあさんの後ろに隠れた。 人間の子供三人が二匹の兄弟を競うように抱き上げると、頭を撫でたり無理やり自分のほっぺたで兄弟の顔に頬擦りをした。兄弟も可愛がってもらおうと、夢中になって人間のほっぺたを舐めた。 今度は庭の芝生の上に二匹が置かれると、人間の子供たちは走って庭の隅っこまで行き、手を叩いて二匹の兄弟を呼んだ。二匹は覚えたばかりのかけっこで、尻尾を振りながらぴょんぴょん飛ぶように走った。 そうやって二匹の兄弟が楽しそうに遊んでもらっているのを、僕はかあさんの背中の後ろからこっそり覗くように見ているしかなかった。ちょっと羨ましかった。 一緒に生まれたはずなのに、僕だけみんなに比べて臆病で、それに勇気がなかった。 そしてその日の夕方、兄弟二匹とも貰われていった。残ったのは僕だけ。 みんながいなくなったのはちょっと寂しい気もしたけれど、それよりもついに念願だったかあさんの顔に一番近いおっぱいを飲むことができた。みんなが言っていたとおり、後ろ脚のそばのおっぱいよりも、一番顔に近いおっぱいの方が格段においしかった。それに、おっぱいを飲んでいるときに僕を舐めてくれるかあさんの舌は、僕にこの上ない幸せをもたらしてくれた。 また、僕の頭のてっぺんに冷たいものが落ちてきた。と思ったら今度は鼻の頭に落ちてきて、下に流れてあっという間に鼻の穴に入ってきた。どうしよう、雨だ。 僕の大嫌いな雨。 僕は、みんなと一緒によちよち歩きが出来始めたときに、雨にいじめられた。かあさんが犬小屋に入って行き、みんなもかあさんにくっついて行っておっぱいを飲んでいたらしい。 僕は庭の芝生に咲いた、一輪のたんぽぽの花の蜜を吸いに来た蝶と遊んでいた。そうしたら大きな水滴が一粒、そしてまた一粒、駆け足のように落ちてきた。 僕にはそれが何か分からず、蝶がひらひらと楽しそうに飛んでいるのを、夢中になって目で追っていた。 今まで駆け足ほどだった水滴が、いきなりものすごい音を立てて僕の体を叩くように降ってきた。僕は動くことも出来ず、呼吸が出来なくなるぐらい叩きつけるような雨の中で、精一杯の力を振り絞ってかあさんを呼んだ。だけどかあさんに、僕の声は届かなかった。僕のひ弱で小さな鳴き声は、叩きつけるような雨の音にかき消されてしまった。 雨は一時降っただけですぐに止み、何事もなかったかのように雲の隙間から太陽が顔を出していた。それ以来、僕は水が怖くなった。
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