拾われた子犬

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それから少しの間は、お椀に入った水ですら、いつか襲いかかって来るんじゃないかと思うようになっていた。 不機嫌そうに僕を見下ろしている雲は、僕のことなんかお構いなしに、大粒の雨をぽつりぽつりと落とし始めていた。もう考えている暇なんてなかった。もうあんな目に逢いたくはなかった。 僕は残り僅かな力を振り絞って四本足で立ち上がると、前足の二本で壁に寄り掛かり声を振り絞って鳴いた。もしかしたら、まだかあさんが近くにいるかもしれない。かあさんじゃなくても、人間でもいい。誰か僕を助けて。はやく。はやく。大粒の雨は次第に数が増えていった。もうだめだ。僕はまたあいつに叩かれる。 そのとき、僕のお腹の下に何か暖かい物が滑り込んできて、僕の体は箱の中から救い出された。空中で四本の足がぶらぶらと揺れている、僕の頭を何かが撫でた。そして僕に優しく頬擦りしてくれた。 人間だ。僕を助けてくれたんだ。僕は頬擦りしてくれたほっぺたを、夢中になって舐めた。助けてくれたのは女の子だった。 僕は抱かれたまま、しばらく揺られていると、今度は何かに乗せられたようだった。 ガチャンと大きな音がすると、今度は目の前の景色が、目が回りそうな位の勢いで動いて行った。僕はたまらず目を閉じた。地面はすごい勢いで、上に下にたまに右に左に揺れている。踏ん張っていた右の前足が、いきなり何かに食べられたようにストンと下に滑り落ちると、そのまま何も出来なくなってしまった。もう怖すぎて震えることしか出来なかった。 あの女の子は、僕を助けてくれたんじゃなかったのかな。 しばらくして大きな音が数回鳴ると、地面は動かなくなった。震えている僕の体をまた暖かい物が包み込み、そして持ち上げられると、体全体を何かに包まれた。またゆらゆらと揺らされると、もう僕は・・・・・・寝ちゃった。 目が覚めたのは、かあさんの夢を見ている途中だった。 かあさんのおっぱいに頬擦りしていると、すごくいい匂いがしてきた。しかし慌ててかあさんのおっぱいをいくら吸おうとしても、僕の舌や口は空を切った。そして、いい匂いに向かって何度も舌を出していると、何か冷たく硬い物に舌が当たり、余りの感触の違いに僕はびっくりして目が覚めた。 僕が舐めたのは、何かの丸い器だった。でも、夢の中で嗅いだあの甘い匂いは、確かにしていた。 僕は何かに包まれたまま、あの女の子に抱かれていた。丸い器は僕の顔の下辺りに降りて来た。僕はかじりつくように器の中に口を突っ込み、夢中で飲んだ。 飲み終えた僕の顔は、べとべとになっていた。何とも言えないかあさんのおっぱいとは違うおいしさが、口の中にも空っぽだった僕のお腹の中にも広がっていった。 満たされた幸福感といろいろあった今日一日の疲れで、既に僕の両目のまぶたは再び重りで引っ張られたかのように深く閉じていた。
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