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「誰だ、お前は」
急に背中から、意味の分かる声をかけられてビクッとした。僕の体は急な怖さで震え出した。早く女の子が僕を抱き上げてくれないかと思った。でも女の子は、犬小屋の中に体の半分を入れて何かしていた。
「あら、可愛い。坊やかい。あんたそんな怖そうな声で、あんな子供に吠えたってしょうがないでしょ。見なよ、震えてるじゃない」
話しながら次第に近づいて来るその声は、かあさんのような話し方をしていた。そして僕の頭や背中を優しく舐めてくれた。かあさんよりは体も舌も小さかったけど、僕を落ち着かせてくれるには充分だった。
「怖がらなくてもいいんだよ。ここははなさか商店街。みんな仲良く暮らしているからね。私はポメラニアンのリリーって言うの。電器屋さんに飼われているのよ。よろしくね」
「俺はぶん太だ。犬種なんてわかんねえよ。お袋は野良犬だったからな。今、みなみちゃんが掃除をしている犬小屋の、壁の向こうが俺の小屋だ」
ぶん太さんが話し始める前に、違う犬がこちらに近づいて来ているのが、においと足音で感じていた。ぶん太さんが話し終わると、その気配の主が姿を現した。
「なんだ、お前らここにいたのか。ありゃ、ばあちゃん新しい犬を飼うのか。え、ちょっと待てよ。そう言えばばあちゃんは、もうここにはいないはずだよな。あ、そうか。ばあちゃんは元気になって帰ってくるのか。それで寂しいから、このガキが貰われて来たってわけだな。
おい、俺は柴犬の玉三郎ってえんだ。はなさか神社の神主の所にいるからよ、よろしくな」
みんなの挨拶が終わったころに、女の子が犬小屋から上半身を出してこちらを向いた。そう言えばこの女の子の名前、みなみちゃん、て言うんだね。
みなみちゃんはみんながいることに気がつくと、みんなの近くまで行って何か話し始めた。そして左手に持っていた小さな手提げ袋を開き、中から細長い棒を三本取り出すと、一本づつみんなの口に配った。みんなはその棒をおいしそうに噛み始めた。
「みなみちゃんがあんたの事をよろしくね、て言ってるわよ」
リリーさんが、噛んでいた棒を地面に置いて、僕に教えてくれた。
「みなみちゃんの言っている言葉、分かるの」
「ええ、私とぶん太は人間の言葉がはっきりわかるのよ。喋ることは出来ないけどね。それに人間並みに目が良いし、色もはっきり分かるの。字だって読めるのよ。
その代わり鼻や耳は、他の犬ほどは良くないの。人間に近いってことかな。たまにいるのよね、こう言うへんてこな犬。
でもね、私たち犬や猫、他の動物もそうだけど、みんな前世は人間だったのよ。どう言うわけか、記憶は残っていないの。どんな人間で、どんな人生だったかは覚えていないのよ。その代わりそのときに身につけた知識は、はっきり頭の中にあるのよ。
あんたは小さいから、まだ知識の半分も蘇っていないと思うわ。これからいろんな物を見て行ったら、それだけで見る見るうちにみんなの言っている言葉が分かるようになるわよ」
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