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私はあなたの亡者となる
私が柴崎に抱かれるのは、完全にお金のため。果たしてそうだろうか──?
「今日は天気が良かったから、近所を散歩してきたよ。チラッと繁華街にも寄れたし、体調は良くなってきてると思うな」
味噌汁をかき込みながら、タケルが嬉しそうに話す。
「ほんと、今日めっちゃ元気そうだね」
「岬のおかげだよ。こんな俺のために、仕事頑張ってくれて、ありがとね」
家賃1万3千円のワンルームマンション。タケルとの平和な生活は、決して裕福とは言えないけれど、満たされた毎日。
マイホーム販売の営業マンだったタケルは、販売目標が達成できないことを徹底的に追求され、上司からの執拗なパワハラを受けた末に、その精神を崩壊させた。正面から人の顔を見ることができなくなり、私の顔にすら恐怖心を抱くこともあった。
そのまま会社を退職。人との交流が難しい状態だから、仕事に就くことなどできない。結婚の準備期間として同棲しはじめた2LDKのマンションでの暮らしを手放し、現在のワンルームに移ってきた。
「最近、残業大変そうだね?」
タケルはそう呟くと、心配と不安が入り混じった視線をこちらに向けた。
「タケルのためだもん。全然頑張れるよ」
「でも、帰宅時間が遅くなると帰り道が危ないから心配だな。最近、続いてるし──」
「大丈夫だよ! 人通りの多い道を選んで帰ってるから。私のことより、まずはタケルのこと。ねっ?」
「そうだね。でも、あんまり無理しないでね」
「ありがと。心配してくれて」
マンションの前を大型トラックが走り抜ける。今じゃ慣れたその振動が、グラスの底に残った麦茶を揺らした。
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