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日のすっかり落ちた道の路肩に、その車は停車していた。既に五時間余りになるだろうか。冷たい雪も上がり、夜のネオンが目的の雑居ビルに灯り始めると、大通りの喧騒から流れてきた人々がビルの地下へと次々と吸い込まれていく。
そんな浮かれた通りとは違い、歯の根も合わないほどに冷え込んだ暗い車内で、佐久間征司は息をひそめてじっとビルへと向かう人波に目を凝らしていた。
「客が入り始めたな」
隣の運転席に座る高田の吐く息が白く煙る。二十二時。目的の店が開店して一時間が経過している。
「やはり若者が多い。今のところ一般人ばかりのようだな」
「そうだな。奴らの匂いはしねえ」
右耳に嵌めたイヤホンから、ドンドンと鼓膜を揺らす重低音が聞こえてきた。客を装って内部に潜入した捜査員の隠しマイクが拾った音だ。大音量のEDMに負けないくらいの人の騒めき。店では今夜、クリスマスイブのイベントが開催される。だからいつもよりも人が多いのかもしれない。
半年前、繁華街から幾筋か入った古いビルに若者向けのナイトクラブが営業を始めた。店はあっという間に人気店となり、今では週末になると入場規制まで出るほどだという。
だが、そんな深夜の人気スポットに関する不穏な密告が、この界隈を管轄する新宿警察署の生活安全部にもたらされた。
――新宿のクラブ「J」は、アルファ性の客を対象とした特別なイベントを開催している。
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